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出エジプト記のデボーション

空しい悔い改め

出エジプト記10章

ファラオは急いでモーセとアロンを呼んで言った。

「私は、おまえたちの神、主とおまえたちに対して過ちを犯した。

どうか今、もう一度だけ私の罪を見逃してくれ。おまえたちの神、主に、こんな死だけは取り去ってくれるよう祈ってくれ。」出エジプト記10:16-17)

それは、本当の意味での悔い改めのように聞こえたかもしれません。

しかし結局、それらは空しい言葉でした。

どうしてでしょうか。

なぜなら、その言葉には、神様に喜んで聞き従う心が伴っていなかったからです。ファラオは、ただ神の裁きからの救いを望んでいただけでした。

悔い改めとは、ただ「ごめんなさい」と言うことではありません。

悔い改めとは、ただ「許してください」と言うことでもありません。

悔い改めとは、愛と従順の心をもって、神様に向かうことです。

そのような心を伴わない悔い改めは、本当の悔い改めではありません。

あなたはどうですか。あなたは本当に悔い改めの心を持っておられるでしょうか。

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