ファラオは急いでモーセとアロンを呼んで言った。
「私は、おまえたちの神、主とおまえたちに対して過ちを犯した。
どうか今、もう一度だけ私の罪を見逃してくれ。おまえたちの神、主に、こんな死だけは取り去ってくれるよう祈ってくれ。」出エジプト記10:16-17)
それは、本当の意味での悔い改めのように聞こえたかもしれません。
しかし結局、それらは空しい言葉でした。
どうしてでしょうか。
なぜなら、その言葉には、神様に喜んで聞き従う心が伴っていなかったからです。ファラオは、ただ神の裁きからの救いを望んでいただけでした。
悔い改めとは、ただ「ごめんなさい」と言うことではありません。
悔い改めとは、ただ「許してください」と言うことでもありません。
悔い改めとは、愛と従順の心をもって、神様に向かうことです。
そのような心を伴わない悔い改めは、本当の悔い改めではありません。
あなたはどうですか。あなたは本当に悔い改めの心を持っておられるでしょうか。
