キリストも一度、罪のために苦しみを受けられました。正しい方が正しくない者たちの身代わりになられたのです。それは。。。あなたがたを神に導くためでした。(ぺテロの手紙第一3:18)
「不公平だ!こんなこと許されない!」
そのような言葉を言ったことがあるでしょうか。私にはあります。
でも、18節を読んだとき、私が気づいたのは、イエス様が最大の不公平を受けていたということです。
イエス様は義人でした。彼は罪を犯したことがありませんでした。それでも、十字架で、イエス様は私たち罪人のために苦しみました。私たちの罪のために苦しみました。
どうしてでしょうか。
私たちを神様に導くためです。
でも、イエス様がただ「公平さ」だけを考えていたとしたら、私たちはどうなっていたでしょうか。
イエス様がそのように考えていなくて、本当に良かったですね。
むしろ、イエス様は私たちのことを心配してくださいました。
イエス様は、天の父と私たちとの関係が回復されることを望まれました。
だからイエス様は、「公平さ」への関心を脇に置かれました。
主よ、人々が私を不公平に扱うとき、私があなたの態度を取るように助けてください。彼らに対するあなたの愛と心配を私に与えてください。
あなたが十字架で苦しんでいた時、私に模範を残されました。私があなたの足跡に従うようにしてください。(第一ペテロ2:21~23)
私が悪に対して悪を返さず、侮辱に対して侮辱を返さず、平和を求めるように助けてください。
私を傷つけた相手と私との平和だけではなく、その人とあなたとの平和をも求めるように助けてください。あなたの御名によって祈ります。アーメン。
