神を信じない者は,神を偽り者としています。(ヨハネの手紙第一5:10)
その言葉は私の心を打ちました。
神を信じないと、私たちは神を偽り者と呼んでいます。
エデンで、サタンは神を偽り者と呼び、アダムとエバに神様を偽り者と呼ぶことを教えました。(創世記3:3-6)
神の言葉が時代遅れか間違っていると主張すると、私たちは神を偽り者と呼んでいます。
たぶん、多くの人にとって、最も受け入れがたい神の教えは、イエス様だけによって、私たちが神様との関係や永遠の命を得ることができるということです。(ヨハネ14:6)
特に、私たちは神様を知らない愛している人たちを考える時、その真理を信じたくないのです。
私たちは「ほかの道があるはずだ」と考えます。
でもそのようなことを言うと、私たちは神を偽り者と呼んでいます。
ヨハネによれば、水や血や御霊によって、神様は自分の神子が救いの道であると証しをしています。
イエス様がバプテスマを受けた時、神はイエス様のこととその使命に関して証しをしました。(ヨハネ1:29-34)
十字架で、イエス様の血はアベルの血よりもすぐれたことを語りました。(ヘブル12:24)
アベルの血は復讐を叫んでいました。(創世記4:10-11)
イエス様の血は「父よ、彼らをお赦しください」と叫びました。(ルカ23:34、ヨハネ19:34-35)
天の父はその願いを聞き、神殿の幕を裂いて、神様への道を開いてくださいました。(マタイ27:50-51)
そして、五旬節の日、御霊はイエス様の働きに関して証しをし、今なお証しをしています。(使徒の働き2:16-21、ヨハネ15:26、16:7-10、ローマ8:14-17)
だから、その証しを拒絶し、「ほかの道があるはずだ」と言うと、私たちは神様を偽り者と呼んでいます。
私たちは神様とその言葉を疑うことがありますか。
神のみ言葉を曲げないように。特に救いに関する神の言葉を曲げないように。
むしろ、その証しをしっかり握りましょう。そして、私たちの愛している人たちがイエス様を知り、救われるために、その証しを伝えましょう。
その救いを見て、私たちの喜びは本当に満ちあふれます。(第一ヨハネ1:1-4)
その証しとは、神が私たちに永遠のいのちを与えてくださったということ、そして、そのいのちが御子のうちにあるということです。
御子を持つ者はいのちを持っており、神の御子を持たない者はいのちを持っていません。(ヨハネの手紙第一5:10-11)
