ですから、あなたがたに言います。求めなさい。そうすれば与えられます。
探しなさい。そうすれば見出します。
たたきなさい。そうすれば開かれます。
だれでも、求める者は手に入れ、探す者は見出し、たたく者には開かれます。
あなたがたの中で、子どもが魚を求めているのに、魚の代わりに蛇を与えるような父親がいるでしょうか。
卵を求めているのに、サソリを与えるような父親がいるでしょうか。
ですから、あなたがたは悪い者であっても、自分の子どもたちには良いものを与えることを知っています。
それならなおのこと、天の父はご自分に求める者たちに聖霊を与えてくださいます。(ルカの福音書11:9ー13)
9節はこのようにも訳すことができます。「求め続けなさい。探し続けなさい。たたき続けなさい。」
でも、イエス様は、私たちが求めるものを必ず受け取ることを約束しているわけではありません。むしろ、イエス様は、私たちが必要なものを受け取ることを約束しておられるのです。(8)
神様は知恵をもって、パンを三つではなく、二つだけ与えてくださる時もあります。でも、その知恵をもって、パンの代わりにステーキを与えてくださる時もあります。
時々、私たちは魚を求めていると思っているけれど、実際にはそれが蛇です。また、卵を求めていると思っているけれど、実際にはそれがサソリである時もあります。
でも、神様は良いものだけを与えてくださいます。
祈りは、神様を操って、自分が求めるものを受け取るための方法ではありません。むしろ、祈りは、神様に近づく方法です。
祈りによって、私たちは神様の性格や考え方、そして愛を知るようになります。
神様を探すなら、神様を見出します。神様の戸を叩くと、その戸は開かれます。
さらに、神様は私たちに最も必要なものを与えてくださいます。それは神様ご自身です。
私たちの試練や苦しみの中で、神様は私たちに御霊を与えてくださいます。そして、その時、御霊は私たちを導き、慰め、力を与えてくださいます。
だから、毎日、求め続けましょう。探し続けましょう。叩き続けましょう。
