すなわち、暴動と人殺しのかどで牢に入れられていた男を願いどおりに釈放し、他方イエスを彼らに引き渡して好きなようにさせた。(ルカの福音書23:25)
「おまえは神を恐れないのか。おまえも同じ刑罰を受けているではないか。おれたちは、自分のしたことの報いを受けているのだから当たり前だ。
だがこの方は、悪いことを何もしていない。」(40-41)
主よ、あなたが十字架で私のためにしてくださったことを理解するのは、あまりにも深く、難しいのです。
私は死刑を受けるべき者でした。罪人である私が死刑に値するのは当然のことでした(ローマ6:23)。
それに対して、あなたは無実でした。あなたは悪を何一つ行っておられませんでした。それなのに、あなたは十字架につけられるために引き渡され、私はバラバのように解放されました。
バラバは、「なぜイエスではなく、私が解放されたのだろうか」と疑問に思ったでしょうか。
また、「なぜ私ではなく、イエス様が十字架につけられたのだろうか」と思ったでしょうか。
あなたが十字架につけられたとき、バラバもその場にいて、あなたを見ていたでしょうか。
群衆と共に、彼も胸を打ち叩きながら悲しみに沈んで帰って行ったのでしょうか。
主よ、あなたが私のためにしてくださったことを思うとき、私は言葉を失います。
Amazing love!
ビリー・ジェームズ・フット
How can it be that you my King would die for me?
素晴らしい愛。どうしてこんなことが起こるのでしょうか。
あなた、私の王が、私のために死んでくださるなんて!
