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使徒の働きのデボーション

神様の計画が見えない時に

使徒の働き12章

クリスチャンとして、私たちはしばしば「どうして」と神に問いかけます。けれども、その答えが与えられることは、ほとんどありません。

ヘロデ王がイエスの弟子であり、ヨハネの兄でもあるヤコブを殺したとき、エルサレムのクリスチャンたちはきっと神様に「どうしてですか」と尋ねたことでしょう。

(ちなみに、このヘロデ王は、ベツレヘムでイエス様を殺そうとしたヘロデの孫です。また、17節に登場するヤコブは、イエス様の弟です。)

彼らがヤコブの死を悲しんでいる最中、ヘロデ王はすぐにペテロを捕らえ、牢に入れ、彼も処刑しようとしました。

しかし、神様は奇跡的にペテロを救い出されました。

では、なぜ神様はペテロを助け、ヤコブを助けられなかったのでしょうか。

ペテロのために祈ったとき、クリスチャンたちはより強い信仰を持っていたからでしょうか。

そうではありません。ペテロが門の前に立っていると告げられたとき、彼らは「あなたは気が変になっている」と言いました。

彼らはペテロのために熱心に祈っていたのに、神様が「はい」と答えられるとは全く信じていなかったようです。

では、なぜでしょうか。

私たちには分かりません。

不思議であり、時に痛みを伴う真理は、神様の計画が私たちの計画とは異なるということです。

では、私たちはどのように応答すべきでしょうか。

1. どんな試練に直面しても、神様が良い方であることを信じましょう。

私たちは神様の計画を理解できないかもしれませんが、その計画が良いものであるという確信を持つことができます。なぜなら、神様は良い方だからです。

2. 神様が最終的に正義をもたらされることを信じましょう。

神様はその正義を速やかにもたらされますが(ルカ18:7ー8)、私たちの「速やかさ」と神様の「速やかさ」は異なります(黙示録6:9ー11)。

それでも、神様はご自身の時に、正義をもたらしてくださいます。この話では、その正義を見ることができます。結局、神様はヘロデをさばいて殺されました(20~23節)。

3. 祈り続け、神様を求め続けましょう。

イエス様は私たちにそう命じられました(ルカ18:1)。

しかし、祈るときに覚えておくべき大切なことがあります。私たちの目的は、神様を私たちの計画に従わせることではなく、神様の計画を知り、その計画に従うことです。

最近、私の友人が興味深いことを言いました。「神様はいつも私の祈りに答えてくださいます。でも、ほとんどの場合、神様は私の期待通りには答えてくださいません。」

彼がそう言ったとき、苦々しい態度ではありませんでした。また、祈ることを諦めようとしているわけでもありませんでした。むしろ、神様が良い方であるという確信をもって語っていました。

神様は良い方です。神様の計画は良いものです。

けれども、イエス様がこの世に来られ、その計画が成就するとき、私たちはなお信仰をもっているでしょうか(ルカ18:8)。

あなたはどうでしょうか。そのような信仰を持っているでしょうか。

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