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列王記第一のデボーション

真の男らしさ

列王記第一2章

あなたは強く、男らしくありなさい。

あなたの神、主への務めを守り、モーセの律法の書に書かれているとおりに、主の掟と命令と定めとさとしを守って主の道に歩みなさい。(列王記第一2:2-3)

ダビデの言葉は、男の人にも女の人にも当てはめられますが、この話では、ある男性(ダビデ)がもう一人の男性(ソロモン)に「男らしくありなさい」と命じたことを考慮して、特に男性たちに語りかけたいと思います。

現代の社会では、「男らしさ」というイメージは次第にぼんやりしたものになってきましたが、以前は「男らしさ」と聞くと、人々は「強い」、また「勇敢」というイメージを持っていました。

ダビデの時代でも、人々はそのように考えていたことでしょう。

しかし、真の男とは、単に強くて勇気のある人のことではありません。

真の男とは、神の口から出る一つひとつのことばによって生きる人のことです。

そして、そのことばに従うためには、時に真の心の強さと勇気が求められるのです。

最近、マルコ10章を読んで、私が気づいたのは、イエス様が真の男とは何であるかという模範を示してくださったということです。

天の父は、イエス様をエルサレムに十字架で死ぬために送りました。

イエス様が恐れを抱き、死を望まれなかったとしても、また弟子たちが恐れていたとしても、イエス様は思い切ってエルサレムへ向かわれました。(マルコ10:32)

イエス様は、十字架で死ぬほどに、天の父の口から出る一つ一つのことばによって生きられました。

イエス様は、真の男です。

私はそのような男性になりたいと願っています。男性たち、あなたはどうでしょうか。

私たちは、何としても天の父の口から出る一つ一つのことばによって生きる者となるでしょうか。

良い知らせは、私たちが自分の力でそれを成し遂げる必要はないということです。

実際、自分の力だけでは、それを成し遂げることはできません。

だからこそ、イエス様のことばを心に留めておきましょう。

わたしにとどまりなさい。わたしもあなたがたの中にとどまります。

枝がぶどうの木にとどまっていなければ、自分では実を結ぶことができないのと同じように、あなたがたもわたしにとどまっていなければ、実を結ぶことはできません。

わたしはぶどうの木、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、わたしもその人にとどまっているなら、その人は多くの実を結びます。

わたしを離れては、あなたがたは何もすることができないのです。(ヨハネ15:4-5)

男性たち、あなたはどうするでしょうか?

私たちの妻たち、息子たち、娘たち、そして周りの人々は、私たちを見つめ、私たちの反応を待っています。

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