今日、「神の人」という表現を反芻しました。
聖書では普通、その表現は預言者に当てはめられますが、ダビデもテモテも「神の人」と呼ばれました。(ネヘミヤ12:36;第一テモテ6:11)
興味深いことに、サムソンのご両親に遣わされた御使いも「神の人」と呼ばれました。多くの聖書学者たちは、その御使いが実際にイエス様であったと信じています。(士師記13:6)
でも、今日この箇所を読んだとき、神様は私に二つのことを指摘してくださいました。
一つ目は、年老いた預言者が「神の人」と呼ばれなかったことです。その人の行為を見ると、私たちはその理由がよく理解できると思います。
二つ目は、聖書に「神の人」と呼ばれた人の中で、この預言者だけが「主のことばに背いた神の人」と呼ばれたことです。
しかし通常、「神の人」と呼ばれる人は、神のことばに従うことで特徴づけられます。
「神の人」は自分のものではありません。
「神の人」は神様に属し、従います。
「神の人」は神様を自分の主と認め、神様に従います。
「神の人」は神様を信頼し、神の一つ一つのことばで生きます。小さいことでも、「神の人」は神のことばに従います。
今日の話では、その「神の人」はそうしませんでした。
「神の人」は神様から委ねられた人々を愛し、その人々に忠実に仕えます。
ヤロブアムは「神の人」ではありませんでした。神様に信頼することを拒み、自分の道を行きました。(列王記11:38;12:26ー30)
レハブアムは「神の人」ではありませんでした。彼はイスラエル人たちに仕えず、むしろ、自分の力を振るおうとしました。(列王記12:13ー14)
私たちクリスチャンは、男性でも女性でも、「神の人」として生きるべきです。
私たち皆が、神様を主と認め、神様に従い、神様から委ねられた人々を愛し、その人々に仕えるべきです。
でも、聖書では、「神の人」という表現はいつも男性たちに当てはめられます。モーセ、サムエル、ダビデ、エリヤ、エリシャ、テモテは「神の人」と呼ばれました。
だから、私は女性たちに「神の女性」になるように勧めるけど、さらに男性たちに「神の男性」になるように勧めます。
男性たち、神様を主と認め、神様に従いましょう。
毎日神様に従いましょう。
そして、神様から委ねられた人々、特に自分の妻と子供たちを愛し、忠実に仕えましょう。
