このすべての出来事は、主が預言者を通して語られたことが成就するためであった。
「見よ、処女が身ごもっている。 そして男の子を産む。 その名はインマヌエルと呼ばれる。」
それは、訳すと「神が私たちとともにおられる」という意味である。(マタイの福音書1:22ー23)
今朝、私はその最後の言葉に思いを巡らせました。つまり、「神様が私たちとともにおられる」ということです。
私たちとともにおられる。
私たちから遠く離れておられない。
私たちとともにおられる。
神様は、私たちをご自身の愛にふさわしくない者と見なして、私たちから遠ざかられることはありません。
私たちとともにおられる。
私たちの罪や失敗をご覧になっても、私たちをお見捨てにはなりません。
私たちとともにおられる。
私たちを常に責めておられるのではなく、むしろ、私たちを擁護してくださっています。
私たちとともにおられる。
敵が私たちを攻撃するとき、神様は私たちを見捨てることなく、私たちのために戦ってくださいます。
私たちとともにおられる。
私たちの神様は、確かに私たちとともにおられます。
見よ。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたとともにいます。(マタイ28:20)
