ですから、わたしは言っておきます。神の国はあなたがたから取り去られ、神の国の実を結ぶ民に与えられます。(マタイの福音書21:43)
今日の箇所、特に上のことばを読んだとき、私はパリサイ人たちとサドカイ人たちに向けられたバプテスマのヨハネのことばを思い起こしました。
それなら、悔い改めにふさわしい実を結びなさい。。。 斧はすでに木の根元に置かれています。だから、良い実を結ばない木はすべて切り倒されて、火に投げ込まれます。(マタイ3:8ー10)
神様が求めておられる実とは何でしょうか。それは、悔い改めにふさわしい実です。
収税人や遊女たちは、そのような実を結んだからこそ、神の国に入ることができました。しかし、宗教的な指導者たちは悔い改めを拒んだため、神の国に入ることができませんでした。(31ー32)
二人の息子に関するたとえ話では、イエス様はその二つの態度の違いを描写されました。(28ー30)
そして、いちじくの木を呪われたことと、ぶどう園のたとえ話によって、イエス様は悔い改めにふさわしい実を結ばない者たちに警告されました。(18ー19、33ー34)
悔い改めとは、単に「気が変わる」という意味ではありません。
悔い改めとは、単に神様のことばに同意することを意味するのでもありません。
悔い改めは、必ず変えられた心と、変えられた人生へと至るものです。
私の教会では、「Head, heart, hands」という言葉を用いています。
神様のことばが私たちの頭に入り、心が変えられ、そして人生も変えられていきます。
それこそが、神様が求めておられる実です。
あなたはどうでしょうか。そのような実を結んでいるでしょうか。
