この箇所を読むとき、私には高校生の頃のある思い出がいつも思い浮かびます。
ある日、バス停から高校まで歩いていたとき、私はパウロのことばを思い巡らしていました。
その日、私の心は歌っていました。
そして今日も、私の心は歌っていました。たぶん高校生のときよりも、もっと深く歌っていたかもしれません。
なぜなら、私は罪に定められることは決してないからです。私は赦されました。私はもう、恐れる必要はありません。
私は神の子どもです。私のうちにおられる御霊は、「アバ、父」と叫んでおられます。
私には希望があります。
私の祈りがめちゃくちゃでも、御霊がとりなしてくださっています。
天の父が御霊の祈りを聞いてくださるので、すべてのことがともに働いて、私の益となります。
神様は、私に反対するのではなく、むしろ、私の味方です。
神様は、私をあらかじめ知っておられました。私は、イエス様のかたちと同じ姿にあらかじめ定められていました。
私は、召されました。
私は、義と認められました。
さらに、神様は私に栄光を与えてくださいました。
私は、責められることなく、義と認められました。私は、裁かれることなく、擁護されています。
そして、神の愛から私を引き離せるものは、何一つありません。
あなたの心は、すでに歌い始めているでしょうか。
パウロのことばを思い巡らしましょう。
そのことばに心を向けましょう。
あなたの心は、歌っているでしょうか。
