わがたましいよ、主をほめたたえよ。私のうちにあるすべてのものよ、聖なる御名をほめたたえよ。
わがたましいよ、主をほめたたえよ。主が良くしてくださったことを何一つ忘れるな。(詩篇103:1ー2)
今日、この箇所を読んだとき、私は「どれだけ私は主をほめたたえるように自分の心を導くだろうか」と考えました。
「おい!自分よ。今日、主をほめたたえよ!主が良くしてくださったことを忘れるな。あなたへの主のいつくしみを忘れるな。」
もちろん、悪いときも、私たちはそうするべきです。ダビデが落ち込んだとき、彼はこう言いました。「おい!自分よ。どうしてあなたはそんなに落ち込んでいるの?主をほめたたえよ!」(詩篇42〜43篇)
でも、良いときにも、主をほめたたえることを覚えていることは大切です。私たちの祝福がどこから来たのか、自分に思い起こさせるべきです。(申命記6:10〜12)
この詩篇では、ダビデはそうしました。
私のただの意見ですが、おそらく、神様がダビデのバテ・シェバとの罪を赦し、ダビデの息子アブサロムの反乱の後に、神様がイスラエル王国をダビデに返されたときに、ダビデはこの詩篇を書いたのではないでしょうか。(第二サムエル記11〜19章)
あなたはどうでしょうか。主をほめたたえるように、毎日、自分の心を導いているでしょうか。
主のみこころを行い、主に仕える者たちよ。主をほめたたえよ、すべて造られたものたちよ。 主が治められるすべてのところで。
わがたましいよ 主をほめたたえよ。(21ー22)
