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創世記のデボーション

自己憐憫を捨てよう

創世記40

朝、ヨセフが彼らのところに来て、見ると、彼らは顔色がすぐれなかった。

それで彼は、自分の主人の家に一緒に拘留されている、このファラオの廷臣たちに「なぜ、今日、お二人は顔色がさえないのですか」と尋ねた。(創世記40:6ー7)

ヨセフが自分の問題にくよくよし、自己憐憫に浸っていたとしたら、私たちはそれをよくわかってあげられると思います。でも、彼はそうするのではなく、他の二人の囚人たちのことを気にかけました。

この間、私の牧師は、回りの人々のニーズに気づき、彼らに触れることについて話しました。

けれども、自己憐憫に浸っているなら、私たちは回りの人々のニーズに気づくことはないでしょう。自分のことだけについて考えているなら、私たちは彼らに触れることはないでしょう。

私はヨセフのようになりたいです。自分のことだけを考えるのではなく、回りの人々のニーズに気づきたいです。神様が私を用いて、彼らに触れてほしいです。

あなたはどうですか。

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