カテゴリー
サムエル記第二のデボーション

主の人?恥のある人?

サムエル記第二4章

サウルの子イシュ・ボシェテは、アブネルがヘブロンで死んだことを聞いて、気力を失った。全イスラエルもおじ惑った。(サムエル記第二4:1)

興味深いことですが、「イシュ・ボシェテ」という名は「恥のある人」という意味です。

もともと彼の名前は「エシュバアル」、すなわち「主の人」でした。(歴代誌第一8:33)

けれども、父サウルと同じように主を信頼しなかったゆえに、彼は「恥のある人」となってしまいました。

そして、彼の世界が崩れ落ちたとき、彼は主を求めることなく、気力を失ってしまいました。

もしその兄ヨナタンが生きていたら、どうなっていたでしょうか。彼はすぐに王位をダビデに譲ったことでしょう。

彼はかつてダビデにこう言いました。

あなたこそ、イスラエルの王となり、私はあなたの次に立つ者となるでしょう。(サムエル記第一23:17)

ヨナタンは主を信頼し、その御心に従おうと努めました。彼こそ、本当に「主の人」でした。

私もそのような人になりたいと願います。

主よ、私があなたの人となるようにしてください。私が毎日毎日、一瞬一瞬、あなたを信頼し、従う者となるように。

コメントを残す