神よ、あなたこそ私の王です。(詩篇44:4)
このことばは、私の心に深く響きました。
「あなたこそ!あなたこそ私の王です!」
神様が遠く離れているように感じられるとき、神様に見捨てられたように思えるとき、詩人は叫びました。「神よ、あなたこそ私の王です。」
どうして神様が敗北を許されたのか分からなかったときでさえ、詩人はなお告白しました。「神よ、あなたこそ私の王です。」
それは、私の心の叫びでもあります。「神よ、あなたこそ!あなたこそ私の王です!」
天のお父さん、あなたこそ私の王です。
だから、あなたが遠く離れているように感じられるときでも、私はあなたを呼び求め続けます。
苦しいときも、あなたに見捨てられたように感じられるときでも、私はあなたを信頼し続けます。
そして、どうしてあなたが困難を許されるのか分からないときにも、私はあなたの御名を誇り、賛美し続けます。
あなたこそが私の王です。あなたこそが私の神です。そして、あなたが良い方であることを信じます。
だから、私はパウロと共に叫びます。
神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう。
私たちすべてのために、ご自分の御子さえも惜しむことなく死に渡された神が、どうして、御子とともにすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがあるでしょうか。
だれが、神に選ばれた者たちを訴えるのですか。神が義と認めてくださるのです。
だれが、私たちを罪ありとするのですか。死んでくださった方、いや、よみがえられた方であるキリスト・イエスが、神の右の座に着き、しかも私たちのために、とりなしていてくださるのです。
だれが、私たちをキリストの愛から引き離すのですか。苦難ですか、苦悩ですか、迫害ですか、飢えですか、裸ですか、危険ですか、剣ですか。
こう書かれています。
「あなたのために、私たちは休みなく殺され、
屠られる羊と見なされています。」(詩篇44:22)しかし、これらすべてにおいても、私たちを愛してくださった方によって、私たちは圧倒的な勝利者です。
私はこう確信しています。死も、いのちも、御使いたちも、支配者たちも、今あるものも、後に来るものも、力あるものも、高いところにあるものも、深いところにあるものも、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。(ローマ人への手紙8:31~39)
