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詩篇56-

不義を見る時

裁判官が有罪の人を自由にさせるのを見ると、私たちは皆フラストレーションを感じると思います。

もしかしたら、警察や検事のミスによって、その被告は解放されたのかもしれません。または、堕落した裁判官や陪審員のため、その被告が解放されたのかもしれません。

だから私たちは怒って叫びます。

しかし、こんな問題は新しいものではありません。詩篇58篇では、ダビデは同じ問題について嘆いています。

力ある者よ。ほんとうに、おまえたちは義を語り、人の子らを公正にさばくのか。

いや、心では不正を働き、地上では、おまえたちの手の暴虐を、はびこらせている。(詩篇58:1-2)

どうしてこの世にそんな問題があるのでしょうか。

理由の一つとして、私たち皆が生まれた時から罪人であることが挙げられるでしょう。生まれた時から、私たちは自分の欲望に引っ張られています。(3)

それに、神様が正しい道を教えるのに、私たちは自分の耳を閉じます。(4-5)

だから、ダビデは神様が悪人を裁いてくださるように叫びます。けれども、ダビデのように、私たちは裁きの日が来ることを確信できるので、慰められます。神様がこの世に来るとき、すべての悪人は一掃されます。その日、

人々は言おう。「まことに、正しい者には報いがある。まことに、さばく神が、地におられる。」(11)

その日を待つのは難しいでしょうか。不義を見るとき、フラストレーションを感じるでしょうか。もちろんです。

けれども、失望しないでください。他の詩篇で、ダビデはこう書きました。

悪を行なう者に対して腹を立てるな。不正を行なう者に対してねたみを起こすな。

彼らは草のようにたちまちしおれ、青草のように枯れるのだ。(37:1-2)

だからこそ、毎日、私たちは神様を信頼し続け、良いことを行い、主をおのれの喜びとし、私たちの道を主にゆだねましょう。(37:3-5)

そうすれば、この悪の時代にも、私たちはこの世に神様の働きと、私たちの人生に神様の働きを見ることができます。

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詩篇56-

礼拝することを選ぶ

詩篇57篇を読むと、試練の中でダビデの態度が素晴らしいと思います。サウルから逃げたり、恐れたりしても、ダビデは礼拝することを選びました。

ダビデは歌いました。

神よ。私の心はゆるぎません。私の心はゆるぎません。私は歌い、ほめ歌を歌いましょう。

私のたましいよ。目をさませ。十弦の琴よ。立琴よ。目をさませ。私は暁を呼びさましたい。

主よ。私は国々の民の中にあって、あなたに感謝し、国民の中にあって、あなたにほめ歌を歌いましょう。

あなたの恵みは大きく、天にまで及び、あなたのまことは雲にまで及ぶからです。

神よ。あなたが、天であがめられ、あなたの栄光が、全世界であがめられますように。(詩篇57:7ー11)

この言葉を読むと、なんだか、私の心の中で響きます。

私は歌います!ほめ歌を歌いましょう!

私の魂、目を覚ませ!

十弦の琴よ。立琴よ。目をさませ!

あなたに感謝します!

国民の中にあって、あなたにほめ歌を歌います!

あなたの恵み、あなたの愛は大きくて素晴らしい!

あなたがあがめられるように!

私はこの言葉を読んで、ダビデが熱心に歌ったと想像します。彼の大変な状況にもかかわらず、ダビデは神様を礼拝することを意図的に選びました。意図的に、神様の慈しみを思い出すことを努力しているようです。

けれども、私たちはよく、「今、礼拝する気がない。今、その気持ちがない」と思います。

しかし、ダビデが自分自身に神様を礼拝することを励ましたように、私たちもそうするべきです。礼拝する気があってもなくても、礼拝するべきです。どうしてでしょうか。

最近の詩篇はこのように答えます。

あなたの栄光と光を見て、
あなたと比べると、
この世界のもの、
また、この世界のトラブルが見劣りする。

また、他の作詞家が歌っているように、

あなたの光で、周りの物はただ影になる。

つまり、この世界の中には私たちががっかりさせられることがたくさんありますが、光であるイエス様と比べると、その事はただ影にすぎません。そして、私たちがイエス様に焦点を当てると、私たちのトラブルは見劣りするのです。

なぜでしょうか。イエス様に焦点を当てると、イエス様が私たちの問題よりも大きいことが分かり、私たちの人生についての考え方が正しくなります。

だから、あなたの人生が辛い時にも、礼拝することを選んでください。そして、イエス様に焦点を当てると、失われそうな平和と喜びが戻ります。

その時、ダビデのように、あなたも言えるでしょう。

私の心はゆるぎません。私の心はゆるぎません。(7節)

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詩篇56-

あなたのために計画がある神様

ダビデがサウルから逃げるために、洞穴でよく隠れたので、第一サムエル24章の状況の時にこの詩篇を書いたかどうかは分かりませんが、今この二つの詩篇について書くのが適当だと思います。

この二つの詩篇を読むと、二つの箇所が印象に残ります。

一つ目は詩篇142:3です。

 私の霊が私のうちで衰え果てたとき、あなたこそ、私の道を知っておられる方です。

二つ目は詩篇57:2です。

私はいと高き方、神に呼ばわります。私のために、すべてを成し遂げてくださる神に。

時々、私たちの人生は大変です。ダビデにとっては特に大変でした。なぜなら、何も悪いことをしていなかったのに、サウルから逃げなくてはならなかったからです。

その時、「神様はおられるでしょうか。神様は本当に私を愛してくださるでしょうか」と思うのは簡単です。

でも、ダビデにとってその答えははっきりしていました。彼は言いました。

「私の霊が衰え果てたとき、あなたは私の道をよく知っておられます。あなたは、私のために準備した道をよく知っておられます。そして、すべてを成し遂げてくださいます。つまり、あなたは私のための目的を成し遂げてくださいます。」

ダビデがそう信じていたから、サウルを殺さなかったのだと思います。神様がダビデのために計画を持ち、それをすべて成し遂げてくださるので、ダビデは自分の手でそれをしなくても良いと分かっていました。

ダビデはサムエルに王として油を注がれました。また、ダビデがサウルから逃げてサムエルの元に来た時、サムエルはダビデを励ましました。

ヨナタンも、神様の計画を確認しました。「私じゃなくて、あなたは王になるよ。」と言いました。

ダビデはそのことをいつも思い出して信じ続けました。つまり、神様の約束を持ち続けました。神様がダビデのために計画を持ち、それを成し遂げてくださる約束を信じ続けました。

あなたはどうですか。どのような問題を経験しているでしょうか。今は辛くて、神様の道を離れ、自分の道を行く誘惑があるでしょうか。

神様があなたのために良い計画を持っていることを思い出してください。もし神様に信頼したら、必ずその計画を成し遂げてくださいます。

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サムエル記第一 詩篇56-

神様に信頼する

アメリカでは、ドル札と硬貨の上に、こう書いてあります。「神様に信頼する。」

ちょっと皮肉だけど、今、多くのアメリカ人は神様よりもお金に信頼しています。もし、お金を儲けるよりも、その言葉を見て従ったら、彼らの優先順位がもっと良くなるでしょう。

ダビデは時々失敗しましたが、大体彼は神様に信頼しました。サウルから逃げて、ダビデはイスラエル人の敵ペリシテ人の所に行きました。

けれども、ペリシテ人はダビデのことを忘れていませんでした。つまり、ダビデがペリシテ人の戦士ゴリアテを殺したことをよく覚えていたのです。

それに、彼がイスラエルの将軍として何回もペリシテ人の軍隊と戦ったこともよく覚えていました。

だから、彼らはダビデを見つけた時に、彼を捕まえて王の前に連れてきました。ダビデは牢に入った時に、この詩篇を書いたかもしれません。

すぐに死ぬかどうかわからない時に、彼は書きました。

恐れのある日に、私は、あなたに信頼します。

神にあって、私はみことばを、ほめたたえます。私は神に信頼し、何も恐れません。肉なる者が、私に何をなしえましょう。(詩篇56:3-4)

どうして、ダビデは、それが言えたのでしょうか。多分、いろんな理由があったのでしょう。

最初の理由は、怖がって、彼には神様に信頼する選択しかありませんでした。

しかし、振り返った時に、彼は神様が彼を救ってくださったことを思い出しました。つまり、クマとライオンとゴリアテと戦った時に、神様は彼を助けてくださいました。

ダビデがもう一つ思い出したのは、自分の人生が神様の御手にあったことです。

サムエルを通して、神様がダビデのために良い計画を持っておられることを知っていました。だから、もし、彼が神様に信頼し続けたら、神様が彼を守ってくださることを知っていました。

それに、ダビデが死んでも、つまり、ペリシテ人かサウルが彼を殺しても、彼らがダビデの魂を滅ぼすことはできないことを知っていました。

だから、試練の中で、彼は歌いました「神様に信頼する。」

あなたはどのような試練の中にいるでしょうか。どのような苦しみや悲しみを感じるでしょうか。希望を失わないでください。勇気を持ちましょう。

神様が過去にあなたのために何をしてくださったか思い出しましょう。神様の慈しみを思い出しましょう。神様があなたのために良い計画を持っておられることを思い出しましょう。

そして、何が起こっても、生きても、死んでも、あなたの人生が神様の御手にあることを思い出しましょう。

I will trust you, Lord, when I don’t know why.
たとえ、なぜ自分がこのような状態にあるのか分からなくても、私はあなたを信じます。
I will trust you Lord, ‘til the day I die.
私は死ぬまで、あなたを信頼します。
I wil trust you Lord, when ‘m blind with pain.
本当に苦しんで、私の心が見えなくても、あなたを信頼する。
You were God before and you’ll never change.
あなたは過去に神様だったし、あなたは全然変わらない。
I will trust you.
あなたを信頼する。
I wil trust you.
あなたを信頼する。
I will trust you, Lord.
主よ。あなたを信頼する。

ーートワイラ・パリス