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ペテロの手紙第二のデボーション

罪とは?吐いたものと泥!

「犬は自分が吐いた物に戻る」、「豚は身を洗って、また泥の中を転がる」という、ことわざどおりのことが、彼らに起こっているのです。(ペテロの手紙第二2:22-23)

天のお父さん、私が罪がどのようなものであるか理解できるように。つまり、罪とは、吐いたものと泥のようなものです。

でも、罪を吐いたものと泥と見なさないで、私はどれだけ罪に陥ってしまうでしょうか。

私は、自分の吐いたものを食べに戻りたくないです。私は、泥の中を転がりたくないです。

あなたの御前に、私は清いものとなりたいです。だから、肉の流れが私を吐いたものと泥に引っ張るとき、私がその流れに逆らい、あなたに従うように助けてください。

イエス様、あなたの義と聖さを私に着せてください。あなたにある自由と喜びを知りたいのです。あなたの御名によって祈ります。アーメン。

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ペテロの手紙第二のデボーション

天の父の約束を抱く

私たちをご自身の栄光と栄誉によって(別訳:「栄光と栄誉へと」)召してくださった神を、私たちが知ったことにより、主イエスの、神としての御力は、いのちと敬虔をもたらすすべてのものを、私たちに与えました。(ペテロの手紙第二1:3)

今朝、私はその別訳を考えていました。(3節の脚注を調べてください。)

私たちは、神の栄光と栄誉へと召されました。

言い換えると、私たちは天の父のようになるように召されました。私たちは、天の父の性格を身に着けるべきです。私たちは、神の光を周りの人々に照らすべきです。

だから、ペテロは言います。

だからこそ、あなたがたはあらゆる熱意を傾けて、信仰には徳を、徳には知識を、知識には自制を、自制には忍耐を、忍耐には敬虔を、敬虔には兄弟愛を、兄弟愛には愛を加えなさい。(第二ペテロ1:5-7)

もちろん、天の父のようになるために努力が必要です。それでも、天の父は、私たちをほっといて、「がんばれ」と言われるわけではありません。

むしろ、ペテロはこう言います。

その栄光と栄誉を通して、尊く大いなる約束が私たちに与えられています。

それは、その約束によってあなたがたが、欲望がもたらすこの世の腐敗を免れ、神のご性質にあずかる者となるためです。(第二ペテロ1:4)

その約束は何でしょうか。

最も素晴らしい約束は、御霊が私たちのうちに住んでおられ、私たちを導き、私たちに力を与え、私たちのためにとりなしてくださることです。(ヨハネ16:13-15、ローマ8:11-14,26-27)

さらに、私たちがどんなに苦しんでも、私たちの努力は最終的に無駄にならないのです。ヨハネは私たちにこう言います。

しかし、私たちは、キリストが現れたときに、キリストに似た者になることは知っています。キリストをありのままに見るからです。 (第一ヨハネ3:2)

私の罪と失敗を見るとき、それは私の希望です。

私は一人でやる必要はないのです。

最終的には、私の努力は無駄にならないのです。私は必ずイエス様のようになります。

でも、その日が来るまで、私は恵みの中に立っているのです。(ローマ5:1-2)

天のお父さん、あなたが私をご自分の子どもにしてくださり、ありがとうございます。私へのあなたの尊く大いなる約束を感謝します。私はその約束に頼ります。毎日、私があなたのようになるように。イエス様の御名によって祈ります。アーメン。

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恵みと知識において成長する

私たちの主であり、救い主であるイエス・キリストの恵みと知識において成長しなさい。

イエス・キリストに栄光が、今も永遠の日に至るまでもありますように。(ペテロの手紙第二3:18)

主よ、私の最大の願いは、あなたとの関係を妨げるすべての障害を押しのけて、あなたに近づくことです。

赦しのためだけでなく、救いのためだけでもなく、私の人生のすべてにおいて、あなたの恵みを望みます。

私の仕事のために、あなたの恵みを望みます。

私の家族のためにも、あなたの恵みを望みます。

また、私の性格が成長するために、あなたの恵みが必要です。

私の愛が成長するためにも、あなたの恵みが必要です。

だから、毎日毎日、一瞬一瞬、私が自分の力や知恵に頼ることなく、あなたの知恵と復活の力に頼り、あなたと共に歩むように教えてください。

さらに、私はあなたを知りたいです。あなたの御心を知りたいです。あなたの思いを知りたいです。あなたが何を大切にされるのかを知りたいです。

ですから主よ、あなたの恵みによって、私をあなたのもとへと引き寄せてください。

私があなたの恵みと知識において成長するように助けてください。あなたの御名によって祈ります。アーメン。

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偽りの自由の約束

その人たちに自由を約束しながら、自分自身は滅びの奴隷となっています。人は自分を打ち負かした人の奴隷となるのです。(ぺテロの手紙第二2:19)

今日の箇所で、ペテロは教会にいる偽教師について警告しています。実際、現代の教会にも多くの偽教師がいます。彼らは聖書を神の言葉ではなく、ただの人の言葉として見なしています。

だから、文化が聖書に反することを教えると、彼らはその文化に従います。文化と偽教師たちが約束するのは、神の言葉を捨てれば自由を得られるということです。

しかし、こうした「自由」は実際には多くのものを破壊します。人々の人生を破壊し、さらには人々の魂を滅ぼしてしまいます。

本当の自由を与えてくださるのは、イエス様だけです。本当の自由を望むなら、私たちはイエス様の教えを信じ、その教えにしがみつかなければなりません。イエス様の教えを拒む人は、自分がイエス様の弟子だと主張することはできません。

だから、イエス様の言葉を心に留めてしょう。

あなたがたは、わたしのことばにとどまるなら、本当にわたしの弟子です。

あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします。(ヨハネ8:31ー32)

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神の恵みと平安を知るため

神と、私たちの主イエスを知ることによって、恵みと平安が、あなたがたにますます豊かに与えられますように。(ぺテロの手紙第二1:2)

私たち皆、神の恵みと平安を知りたいと願っているでしょう。

今日の箇所で、ペテロは私たちがそれらをどのように得ることができるかを教えてくれます。

その恵みと平安は、天の父との関係、そしてイエス様との関係から生まれるものです。

天の父とイエス様についての知識だけではなく、天の父とイエス様を本当に知っていることによって、私たちは恵みと平安を受けるのです。

その関係によって、私たちはいのちをもたらす力にアクセスできます。

人生の困難や試練に直面するとき、私たちは神様の力と知恵にアクセスできます。

結婚生活がうまくいくように、子育てのために、自分の傷を癒すために、私たちに傷をつけた人たちを許すために、そして私たちを破壊している習慣を克服するために、私たちはその力と知恵にアクセスできるのです。

でも、一番大切なのは、私たちが天の父のようになれるように、その力にアクセスできるということです。そして、私たちは実を結び、神様のためにこの世に触れ始めます。

それを見て経験すると、恵みと平安が私たちにますます豊かに与えられます。

その恵みと平安を望んでいますか。私はそれらがほしいのです。

あなたを知りたいです。
あなたの御声を聞きたいです。
あなたをもっと知りたいです。

あなたに触れたいです。
あなたの御顔を見たいです。
あなたをもっと知りたいです。ーーアンディー・パク

 

 

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私たちの堅実さを失う

ですから、愛する者たち。あなたがたは前もって分かっているのですから、不道徳な者たちの惑わしに誘い込まれて、自分自身の堅実さを失わないよう、よく気をつけなさい。(ぺテロの手紙第二3:17)

私たちは、どのようにクリスチャンとしての堅実さを失ってしまうのでしょうか。

もっとも簡単な方法は、神様の良いご性質を疑うことです。

例えば、2章にある偽教師たちのように、私たちは神の戒めが私たちのためになるものなのかを疑い始めます。むしろ、私たちは、その戒めを捨てると自由を知ると考え始めます。(2:19)

また、3章にある嘲る者たちのように、私たちは神様の忍耐を不正と取り違えます。イエス様がこの世に帰られることを疑うゆえに、聖なる敬虔な生き方をすることに価値があるかどうかを疑います。

私たちがクリスチャンとしての堅実さを失わないように。

むしろ、この確固とした真理にしがみつきましょう。それは、神様は良い方であるということです。

そして、毎日、私たちに与えてくださる神の恵みを喜び、私たちの主をもっと知ろうとしましょう。

ペテロの言葉を借りれば、

私たちの主であり、救い主であるイエス・キリストの恵みと知識において成長しなさい。イエス・キリストに栄光が、今も永遠の日に至るまでもありますように。(18節)

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神のみ言葉に目を留める

また私たちは、さらに確かな預言のみことばを持っています。

夜が明けて、明けの明星があなたがたの心に昇るまでは、暗い所を照らすともしびとして、それに目を留めているとよいのです。(ぺテロの手紙第二1:19)

「(そのみことば)に目を留めているとよいのです。」

その言葉が私の目に留まりました。🙂

多くの人々は神のみことばを軽んじます。なぜでしょうか。なぜなら、彼らは聖書が実際に神のことばであることを信じていないからです。むしろ、彼らは聖書を人の言葉や発想と見なします。

もちろん、神様は人々を通して語られました。でも、ペテロはそのプロセスについてこう言いました。

ただし、聖書のどんな預言も勝手に解釈するものではないことを、まず心得ておきなさい。

預言は、決して人間の意志によってもたらされたものではなく、聖霊に動かされた人たちが神から受けて語ったものです。(20ー21節)

ペテロは、ただのディクテーションについて話しているのではありません。むしろ、聖霊の導きによって、人々は、神様が伝えようとする真理を自分の言葉で表明しました。

イエス様は何度もそのみことばの真実性を断言し、私たちがそのみことばを信じなければならないと主張されました。(マタイ5:17~19;ヨハネ5:39、46;10:34~36;ルカ24:25~27)

あなたは、聖書をどのように見なしているでしょうか。ただの人の言葉と見なしているでしょうか。それとも、神のみことばと見なしているでしょうか。

真理がだんだん霞んでいくようなこの世界において、神様のみことばは光のように輝きます。

そして、私たちの明けの明星であるイエス様がこの世に帰られる日まで、そのみことばは私たちを導きます。

そのみことばに目を留めているとよいのです。

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不確かな時代に対応すること(2)

先週、私は不確かな時代に対応することについて話しました。今日の箇所では、ペテロは、その話をまとめます。

私たちはどうすればよいでしょうか。

1.神の力強い御手の下にへりくだりましょう。(ペテロの手紙第二5:6)

不確かな時代には、それはどういう意味でしょうか。ペテロは私たちに教えます。「あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。」(ペテロの手紙第二5:7)

プライドのゆえに、自分の思い煩いを神様から隠してはいけません。むしろ、神様にその思い煩いを委ねましょう。神様があなたを心配してくださるのを信じることを選びましょう。

2.私たちはサタンの攻撃に注意するべきです。サタンは、あなたを落胆させようとします。サタンは、あなたに、神様が良い方であることを疑わせようとします。

または、、サタンは、私たちに言います。「ストレスを解消しなくてはならない。じゃあ今日だけ、罪にふけって良いだろう。」

もしかしたら、サタンはあなたのストレスを用いて、夫婦の喧嘩や、子供との喧嘩や、周りの人々との喧嘩をもたらそうとするかもしれません。

サタンの手口に注意して、サタンに対抗しましょう。

3.神様の恵みの中にしっかりと立っていましょう。

恵みによって、神様はあなたの壊れた人生を直してくださいます。

恵みによって、神様はあなたがしっかり立てるように力を与えてくださいます。

恵みによって、あなたが倒れそうの時、神様はあなたを安定させてくださいます。

恵みによって、神様はあなたを強い基礎に置いてくださいます。(ペテロの手紙第二5:10)

私たちは恵みによって救われました。その同じ恵みによって、毎日、歩みましょう。

4.神様がどんな方であるかを覚えていて、礼拝しましょう。

ペテロは歌いました。「どうか、神のご支配が世々限りなくありますように。」(ペテロの手紙第二5:11)

神様はこの世の王です。私たちが苦しんでいても、神様がこの世をコントロールする力を失ったというわけでもありません。今なお、神様はこの世を治めています。

だからニュースを見た後、テレビを消し、SNSを消し、ネットを消し、神様を礼拝しましょう。

この不確かな時代に、キリストにあるあなたがたすべての者に、平安がありますように。(ペテロの手紙第二5:14)