私はこの箇所の意味を頭では理解していますが、この真理を本当に実感できているかはわかりません。
今はあまり心配していません。けれども、5年前、私は仕事や家計についてよく悩んでいました。
そのとき、この箇所を読んでこう思いました。「これは理にかなっている。神様は鳥を養い、花を美しく保っておられる。だから、神様はきっと私のことも世話してくださるだろう。」
それでも、私は心配し続けました。「どうやって、お金を節約できるだろうか。もっといい仕事が見つかるだろうか。」
振り返ってみると、神様の忠実さと良さを見て取ることができます。だからこそ、私はこれから心配する必要はないはずです。
とはいえ、将来トラブルが起こったとき、私はどう反応するでしょうか。
時々、私がある程度コントロールできる問題に直面します。でも、まったくコントロールできない問題に直面することもあります。
そのとき、私の心はこう言います。「もう、自分にできることはやったでしょう?もう心配せずに、そのことを神様の手に委ねよう。」
それでも、心の別の部分では、なおも心配し続けます。
私は、イエス様の言葉を想像できます。
「信仰の薄いブルース。この世の人々は、こういったものを求めている。しかし、あなたの天の父があなたを愛しておられることを知らないのか。あなたのことを養ってくださることを知らないのか。
だから、この世のことから目を離し、天の父に焦点を当てなさい。天の父にあなたの悩みを委ねなさい。そうすれば、すべてよりも神の御国を第一に求めるならば、天の父は必ずあなたを養ってくださる。」
天のお父さん。あなたは私を愛してくださると約束されました。それを信じています。でも、私の信仰を強めてください。
私は信仰が薄いため、よく心配してしまいます。しかし、あなたはこれまで私にあなたの忠実さを示してくださいました。私には、あなたを疑う理由が何もありません。それなのに、どうして疑ってしまうことがあるのでしょうか。
私が自分の心配を手放せるように助けてください。あなたの光によって、私の問題が力のない影のようになるように。
私があなたに焦点を当てられるように助けてください。あなたを信頼できるように助けてください。アーメン。
