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サムエル記第一

口だけで神様に仕える?

サウルの没落はさらに続いています。

サムエルを通して、神様はサウルにアマレク人を全滅させるよう命じられました。モーセの時代、イスラエル人が砂漠を旅している間に、アマレク人は彼らを攻撃しました。

そして、サムエルの時代でもアマレク人は依然として存在し、イスラエル人や他の民を攻撃し続けていました。

そのため、神様は「彼らをすべて滅ぼしなさい」と命じられました。誰にも容赦してはならず、動物でさえもすべて殺すべきだったのです。

これは厳しすぎると思うかもしれませんが、アマレク人には悔い改めのための時間が与えられていました。それでも、彼らはその恵みを拒み、さらに悪い行いに走り続けました。そのため、神様は彼らを裁かれました。

同じように、いつの日か、神様はすべての人々を裁かれます。ある人々は永遠の命を受け取り、他の人々は滅びるのです。

いずれにせよ、サウルは神様の命令に従いませんでした。彼はアマレクの王を容赦し、最も良い羊や家畜を殺さずに残しました。おそらく「もったいない」と思ったのかもしれません。

そのため、神様はサムエルに次のように言われました。

わたしはサウルを王に任じたことを悔いる。彼はわたしに背を向け、わたしのことばを守らなかったからだ。(サムエル記第一15:11)

サムエルはサウルの所に行きましたが、最初、サウルは自分の罪を認めませんでした。むしろ、サウルはこう言いました。

主の祝福がありますように。私は主のことばを守りました。(13)

サウルは、サムエルが羊や家畜、その他の動物について知らないと思っていたのかもしれません。けれども、サムエルがそのことについて質問した時、彼は答えました。

「ああ、そうそう。それはね。いけにえを捧げたかった。だから、私の民はその動物を殺したくなかった。」

しかし、サムエルはこう答えました。

主は主の御声に聞き従うことほどに、全焼のいけにえや、その他のいけにえを喜ばれるだろうか。

見よ。聞き従うことは、いけにえにまさり、耳を傾けることは、雄羊の脂肪にまさる。

まことに、そむくことは占いの罪、従わないことは偶像礼拝の罪だ。

あなたが主のことばを退けたので、主もあなたを王位から退けた。(22-23節)

そして、サウルはようやく自分の罪を認めましたが、自分の民を責めました。

私は民を恐れて、彼らの声に従ったのです。(24節)

サウルの問題は、今でも多くの人々に見られるものです。口では神様に仕えると言いながら、心の中では自分自身に仕えていたのです。

その前に、サムエルがサウルを探していた時、サウルは自分を祝うために山に登り、記念碑を立てていました。サウルは「いけにえを捧げたかった」と言いましたが、それは本当だったのでしょうか。

また、私が以前に言ったように、彼の謝罪はあまり誠実ではなかったように思われます。自分の行動に責任を取るのではなく、他の人々を責める態度を見せました。

さらに、彼の礼拝も心から捧げられたものではなく、うわべだけのものでした。サムエルが去ろうとした時、サウルは願いました。

どうか今は、私の民の長老とイスラエルとの前で私の面目を立ててください。どうか私といっしょに帰って、あなたの神、主を礼拝させてください。(35節)

神様の前でも民の前でも、サウルは自分の評判を気にしていました。

そのため、神様はサウルをイスラエルの王として拒絶されました。

あなたはどうでしょうか。口先だけで神様に仕えているでしょうか。他の人々を感動させるためだけに、宗教的なことを言ったり行動したりしているでしょうか。

それとも、神様はあなたの心を持っておられるでしょうか。

神様はあなたの言葉や行動よりも、あなたの心そのものに興味を持っておられます。もし、あなたの心が神様に捧げられていなければ、神様にとって、あなたの行動や言葉は無駄なものとなってしまいます。

サウルは神様に自分の心を捧げませんでしたが、次の王であるダビデは、自分の心を神様に捧げました。

神様はあなたの心を持っておられるでしょうか。それとも、あなたの言葉だけを持っておられるのでしょうか。