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コロサイ人への手紙のデボーション

主に喜ばれる者として受け入れられる

こういうわけで、私たちもそのことを聞いた日から、絶えずあなたがたのために祈り求めています。

どうか、あなたがたが、あらゆる霊的な知恵と理解力によって、神のみこころについての知識に満たされますように。

また、主にふさわしく歩み、あらゆる点で主に喜ばれ、あらゆる良いわざのうちに実を結び、神を知ることにおいて成長しますように。(コロサイ人への手紙1:9-10)

「あらゆる点で主に喜ばれる。」

今朝、このことばが私の心に深く響きました。私の願いは、自分があらゆる点で主に喜ばれる者となることです。しかし、私は何度も失敗してしまいます。主にふさわしく歩めていない時が多くあります。

だからこそ、パウロの次のことばは、私にとって大きな励ましです。

今は、神が御子の肉のからだにおいて、その死によって、あなたがたをご自分と和解させてくださいました。あなたがたを聖なる者、傷のない者、責められるところのない者として御前に立たせるためです。(22節)

私がいつも主にふさわしく歩んでいるとは言えません。自分があらゆる点で主に喜ばれているとも言えません。

しかし、イエス様の十字架のみわざによって、神様の目には、私は聖なる者、傷のない者、責められるところのない者とされています。

簡単に言えば、私は神様に受け入れられているのです。

私は完全に受け入れられているのです。

あなたはどうでしょうか。

その確信をもって、毎日イエス様と共に歩んでいますか。