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コリント人への手紙第一

人生は儚いからこそ

私たちの命は、とても儚いものです。

私の高校時代の友人の中には、すでに亡くなった人もいます。

明日は、私たちに約束されたものではありません。

イエス様はこの世に再び来られるかもしれません。

もしかすると、私たちは事故に遭うかもしれません。

パウロは「時は短くなっています」と語りました。

おそらく、彼はコリントの人々が直面していた「差し迫る危機」について話していたのでしょう。

けれども、私たちもまた、この世で永遠に生き続けるわけではないことを忘れてはなりません。その真理は、私たちの生き方に影響を与えるはずです。

そして、パウロはこう書いています。

今からは、妻のいる人は妻のいない人のようにしていなさい。(コリント人への手紙第一7:29)

この言葉は少し不思議に感じられます。しかし、文脈を見ると、パウロは「離婚しなさい」や「奉仕に集中するために、妻(または夫)を無視しなさい」と言っているわけではありません。

とはいえ、私たちの人生が配偶者中心であるべきではないことも確かです。むしろ、夫婦は神様を中心とした人生を歩み、御国を第一にするべきです。

また、独身の人々も結婚活動を人生の中心に据えてはなりません。むしろ、まず神の御国を求めるべきです。そして、神様の最善のタイミングで、ふさわしい配偶者を与えてくださいます。

パウロは続けてこう言います。

泣いている人は泣いていないかのように。。。していなさい。(30)

私たちは皆、さまざまな苦しみを経験します。私たちの周りには、死や悲劇があふれています。そのような時、涙を流すことは悪いことではありません。それは健康的であり、私たちにとって必要なことです。

けれども、いつまでも涙に囚われていてはいけません。むしろ、私たちは立ち上がり、神様の働きへと戻らなければなりません。

もし泣き続けているなら、過去に縛られ、神様が私たちのために計画された未来を見ることができなくなってしまいます。

そして、パウロはさらに語ります。

喜んでいる人は喜んでいないかのように。。。していなさい。(30)

この言葉は少し不思議に聞こえるかもしれません。しかし、時に私たちは自分の幸せに夢中になり、満足しすぎるあまり、先へ進むことを忘れてしまいます。そうすると、別の意味で過去に縛られてしまうのです。

私たちは前に進まなければなりません。たとえ今、喜びの中にいるとしても、私たちの周りには苦しんでいる人が多くいます。彼らもまた、真の喜びを与えてくださる方を知る必要があります。

買う人は所有していないかのようにしていなさい。世と関わる人は関わり過ぎないようにしなさい。この世の有様は過ぎ去るからです。(30-31)

要するに、この世のものは一時的なものであることを忘れてはなりません。私たちが天国へ行くとき、自分のお金や持ち物を持っていくことはできません。

ただ、持っていけるものが二つあります。それは、神様との関係と、ほかのクリスチャンとの関係です。

だから、そのことを心に留めながら生きましょう。この世の物に焦点を当てるのではなく、神様と周りの人々に焦点を当てるべきです。

あなたの人生は儚いものです。あなたはどのように自分の時間を使っていますか。