いつか、この11章を終えることになるでしょう。とはいえ、今日はまだ終えません。😊
この箇所は、真理に満ちた大切な部分だからです。
イエス様がマルタに、「あなたの兄弟はよみがえります。」と言われたとき、マルタはこう答えました。
私は、終わりの日のよみがえりの時に、彼がよみがえることを知っております。(ヨハネの福音書11:24)
けれども、イエス様はこう答えられました。
わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。また、生きていてわたしを信じる者は、決して死ぬことがありません。
このことを信じますか。(25-26)
つまり、「よみがえりは単なる未来の出来事ではありません。私はよみがえりであり、死んだ者に命を与える者です。もし私を信じるなら、あなたは決して死ぬことがありません」ということです。
そして、イエス様はラザロをよみがえらせることで、ご自身の言葉を証明されました。
イエス様はラザロをよみがえらせたように、イエス様を信じるすべての人をよみがえらせます。
パウロは次のように語りました。
主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られます。
それからキリストにある死者が、まず初めによみがえり[ます]。(第一テサロニケ4:16)
そして、パウロはこう言いました。
聞きなさい。私はあなたがたに奥義を告げましょう。私たちはみな、眠ることになるのではなく変えられるのです。
終わりのラッパとともに、たちまち、一瞬のうちにです。ラッパが鳴ると、死者は朽ちないものによみがえり、私たちは変えられるのです。
朽ちるものは、必ず朽ちないものを着なければならず、死ぬものは、必ず不死を着なければならないからです。(第一コリント15:51-53)
ラザロの場合、彼はよみがえらされましたが、再び死を迎えました。しかし、イエス様が私たちを復活させるとき、朽ちることのない体を与えてくださいます。
あなたはどうでしょうか。死後、自分がどうなるか知っていますか。永遠の命を持っているという確信がありますか。
イエス様はよみがえりであり、命です。イエス様を信じるなら、あなたは決して死ぬことはありません。この世を去ると、新しい命が始まります。
だからこそ、イエス様はマルタに問いかけたように、あなたにも問いかけます。 「このことを信じますか。」
あなたがマルタのように答えますように。
はい。主よ。私は、あなたが世に来られる神の子キリストである、と信じております。(27)
