アビメレクは。。。言った。「主よ。。。私は、全き心と汚れのない手で、このことをしたのです。」
神は夢の中で彼に仰せられた。
「そのとおりだ。あなたが全き心でこのことをしたのを、わたし自身もよく知っている。それでわたしも、あなたがわたしの前に罪ある者とならないようにした。だからわたしは、あなたが彼女に触れることを許さなかったのだ。」(創世記20:4ー6)
アブラハムの妻を奪ったアビメレクを責めることは難しいです。なぜなら、アブラハムは嘘をついて、「サラは私の妹だ」と言っていたからです。
でも、意図的に奪おうとしたわけではなくても、アビメレクはそうしてしまい、神様に対して罪を犯しました。
神様の恵みによって、アビメレクはサラと寝て、さらに大きな罪を犯すことはありませんでした。
この話を読んだとき、私はコリント人へのパウロの言葉を思い出しました。
私には、やましいことは少しもありませんが、だからといって、それで義と認められているわけではありません。私をさばく方は主です。(第一コリント4:4)
私たちは、自分の罪に気づいていないことがあります。だからこそ、詩篇19篇にあるダビデの祈りを、時々祈る必要があります。
正直に言うと、私はその祈りをもっと祈るべきです。
今日、私はそうします。
だれが、自分の過ちを悟ることができるでしょう。
どうか 隠れた罪から私を解き放ってください。
あなたのしもべを、傲慢から守ってください。それらが私を支配しないようにしてください。
そのとき私は 大きな背きから解き放たれて、全き者となるでしょう。(詩篇19:12ー13)
