カテゴリー
詩篇のデボーション

インマンヌエル

私はあなたが行く道で
あなたを教えあなたを諭そう。
あなたに目を留め助言を与えよう。(詩篇32:8)

今朝、私はその言葉を思いめぐらしました。

インマヌエルとは、まさにそのことを意味しているのでしょう。

神様は常に私に目を留めておられます。

それは怒りの目でも、私を勘ぐる目でもなく、愛に満ちた目であり、私を正しい道へ導きたいと願っておられる目なのです。

疑問は、神様が私と共におられるかどうかではありません。むしろ、私が神様と共に歩んでいるかどうかということです。

あるいは、私はくつわや手綱といった馬具で強いられなければならない、 分別のない馬やらばのようなのでしょうか。(9節)

2026年には、柔らかい心と開かれた耳を持ち、 愛深い天のお父さんを子どものように信頼して歩みたいと願います。

カテゴリー
詩篇のデボーション

あなたがあインマンヌエルであるゆえに

たとえ死の陰の谷を歩むとしても
私はわざわいを恐れません。
あなたがともにおられますから。(詩篇23:4)

イエス様、これは本当に乱れた世の中です。

けれども、あなたがインマヌエルであるゆえに、この世の民が恐れることを、私は恐れません。(イザヤ書8:12)

この世の民が心配することを、私は心配しません。(マタイ6:25~34)

この世の民は怒りに駆られるかもしれませんが、私はそうしません。(ヤコブ1:19~20)

むしろ、私の良い羊飼いよ、あなたを信頼し、待ち望むことを選びます。(イザヤ書8:17)

カテゴリー
詩篇のデボーション

神様がだれであるからこそ

私の口のことばと私の心の思いとが
御前に受け入れられますように。
【主】よわが岩わが贖い主よ。(詩篇19:14)

その言葉は、私にとって馴染み深いものです。私は何度もその言葉を読み、歌ってきました。 けれども今日、その最初の一部を思い巡らしました。

私にとって、神様はだれでしょうか。

神様は「ヤハウェ」です。つまり、神様は永遠の方です。 ただひとりの神であり、他の神々に勝る偉大な方、創造のすべての主です。

それでも、神様は私から遠く離れている方ではありません。 神様はインマヌエルであり、私たちとともにおられる神です。 私の岩。私の基盤。嵐の中の私の砦です。

さらに、神様は私のあがない主です。 イエス様は十字架で血潮を流し、サタンの国の奴隷生活から私を救い出し、 ご自身のご支配の中に移してくださいました。

だからこそ、私は神様を愛し、喜ばせたいと願います。

そのような心をもって、私は今日、ダビデとともに歌います。

私の口のことばと私の心の思いとが
御前に受け入れられますように。

あなたにとって、神様はどのような方でしょうか。

カテゴリー
創世記のデボーション

私たちを聞いてくださる神、私たちを見てくださる神

今日の箇所では、私たちは神を描写する名前を二つ見ます。

イシュマエル:「神は聞かれる。」

エル・ロイ:「私を見てくださる神。」

ハガルに対して、神様はそのような神でした。

けれども、ハガルは神様の恵みとあわれみに値するような人ではありませんでした。

ハガルは大きな失敗をしたため、逃げなくてはなりませんでした。

それでも、神様はハガルをご覧くださいました。

また、神様はハガルの言葉を聞いてくださいました。

そして、神様は荒野に来られ、ハガルを引き戻そうとされました。

「主の使い」とは興味深い言葉です。

時に、「主の使い」とは天使を意味します。

しかし、「主の使い」とは、文字通りに「主の言葉を伝える方」を意味します。

そして、旧約聖書では、時に、その使いは神様であるかのように語られます。

今日の箇所では、その使いがそうされました。彼はこう言われました。

わたしはあなたの子孫を増し加える。それは、数えきれないほど多くなる。(創世記16:10)

ある聖書学者によれば、その使いはイエス様であったかもしれません。

赤ちゃんとしてお生まれになる前に、イエス様は時にこの世に現れたようです。

そして、ハガルにとっても、イエス様はインマヌエルでした。

イエス様はハガルをご覧になる神であられました。イエス様はハガルの声を聞かれる神でした。

ハガルのように、あなたは霊的な荒野を歩んでいるかもしれません。ハガルのように、それはあなた自身の過ちによるものかもしれません。

それでも、神様はあなたを見限られることはありません。神様はあなたを探しに来られます。

神様はあなたをご覧くださいます。

神様はあなたの声を聞いてくださいます。

神様は永遠から永遠までインマヌエルです。