私がゼカリヤ書を読めば読むほど、ますます好きになります。この箇所も、私たちにとって深い意味があります。
その時、ユダヤ人たちは主の宮を再建していた最中でしたが、まだ反対に直面していました。彼らは、ダリヨス王がその再建に許可を出せるかどうかまだ分かりませんでした。だから、総督ゼルバベルは失望していたかもしれません。
しかし、神様はゼカリヤに金の燭台を示されました。その燭台は宮の燭台のようでしたが、一つ違いがありました。大祭司はいつもその燭台に油を注ぎ続けなければなりませんでした。
けれども、ゼカリヤの幻では、二本のオリーブの木がその燭台を満たしていました。
そして、天使はゼカリヤにこのメッセージを伝えました。
「これは、ゼルバベルへの主のことばだ。『権力によらず、能力によらず、わたしの霊によって』と万軍の主は仰せられる。
大いなる山よ。おまえは何者だ。ゼルバベルの前で平地となれ。彼は、『恵みあれ。これに恵みあれ』と叫びながら、かしら石を運び出そう。」
ついで私に次のような主のことばがあった。「ゼルバベルの手が、この宮の礎を据えた。彼の手が、それを完成する。このとき、あなたは、万軍の主が私をあなたがたに遣わされたことを知ろう。(ゼカリヤ書4:6-9)
つまり、「心配しないでください。あなた自身の力や周りの人々の力によってこの宮を完成させるのではありません。むしろ、あなたを通して働いている聖霊によって、この宮の再建は完了するのです。
どんな大きな障害に遭遇しても、その山はあなたの前で平らになります。そして、その宮のかしら石を運び出すとき、あなたは私の恵みによってこの宮が完成したことを知るでしょう。」
その宮の再建が遅れ、またソロモンの宮と比べると、新しい宮が美しくなかったために、失望する人もいました。けれども、神様は彼らにこう言われました。
だれが、その日を小さな事としてさげすんだのか。これらは、ゼルバベルの手にある下げ振りを見て喜ぼう。これらの七つは、全地を行き巡る主の目である。(10)
つまり、「あなたの目には、あなたが成したことが小さく見えるかもしれません。
しかし、小さな一歩を軽んじてはいけません。また、私があなたに小さい仕事を与えても、その仕事を軽んじてはいけません。
なぜなら、私の民がその仕事をするとき、私はそれを喜び、あなたに報いを与えるからです。」
そして、天使は金の燭台とオリーブの木について説明しました。ゼカリヤがその意味、特にオリーブの二本の枝の意味について尋ねたとき、その天使は答えました。
これらは、全地の主のそばに立つ、ふたりの油そそがれた者だ。(14)
つまり、大祭司ヨシュアと総督ゼルバベルのことです。神様はその宮を完成させるために、彼らを自分のしもべとして選ばれました。
けれども、一番重要なのは、油が御霊のシンボルであるということです。そして、御霊は私たちを通して神様の働きを成し遂げるために注がれます。御霊は私たちを通じて周りの人々に触れ、その人々に影響を与えるのです。
そのため、神様の御心は私たち自身の力によって成就するのではなく、私たちを通して働かれる御霊によって成就します。
ですから、小さなことを軽んじずに神様の働きをしましょう。神様は御霊によって私たちを満たし、私たちを通して流れることで、この世に影響を与えることができます。
