カテゴリー
コリント人への手紙第一

結婚と性的な関係

多くの人々は、性的な必要性を強く感じています。おそらく、その理由の一つは、神様が人間を結婚し、子どもを生み出すように設計され、その欲求を人の心に与えられたからでしょう。

とはいえ、前回の記事でも述べたように、神様は性的な関係に制限を設けておられます。つまり、性的な関係は夫婦のために備えられたものなのです。

日本では、セックスレスの夫婦が増えているようです。このトピックについて書かれた記事も多く見られます。

コリントのクリスチャンたちも、結婚や性的な関係について疑問を抱いていたようです。そこで彼らは、どのように歩むべきかをパウロに尋ねました。

パウロは次のように答えました。

さて、「男が女に触れないのは良いことだ」と、あなたがたが書いてきたことについてですが。。。(コリント人への手紙第一7:1)

「男が女に触れないのは良いことだ」、つまり「性的な関係を持たない方がよい」と考えるコリントの人々もいたようです。

一方で、あるコリントの人々は性的な罪を犯していました。(5章)

その一方で、別のコリントの人々は「性的な関係を持たない方がよい」と主張していました。

もちろん、クリスチャンにとって性的な関係は、夫婦のために設けられたものです。そのため、彼らの主張が意味するところは、「結婚しない方がよい」ということでした。

パウロは、独身の生活も良いものであると教えました(7:7-8, 32-35節)。それでも、彼は彼らに次のように語りました。

淫らな行いを避けるため、男はそれぞれ自分の妻を持ち、女もそれぞれ自分の夫を持ちなさい。(コリント人への手紙第一7:2)

つまり、性的な欲望が非常に強いため、結婚しないと人が性的な罪に陥る可能性が高いということです。そして、私が以前述べたように、神様の御心は人間が結婚し、子供を作ることであるため、神様はその強い欲望を人々に与えられたのです。

実は、結婚は神様との関係の描写です。私たちはキリストと結ばれます。キリストは花婿のようであり、私たちは花嫁のようです。そして、その結婚を通して、私たちはイエス様への愛を持ち、義の実を結ぶのです。

とにかく、パウロが教えたのは、夫婦が結婚した後、配偶者との性的な関係を持つことは許されているということです。さらに、パウロは、彼らがそれを定期的に行うべきだと述べています。

そこで、パウロは次のように語りました。

夫は自分の妻に対して義務を果たし、同じように妻も自分の夫に対して義務を果たしなさい。

妻は自分のからだについて権利を持ってはおらず、それは夫のものです。

同じように、夫も自分のからだについて権利を持ってはおらず、それは妻のものです。

互いに相手を拒んではいけません。ただし、祈りに専心するために合意の上でしばらく離れていて、再び一緒になるというのならかまいません。

これは、あなたがたの自制力の無さに乗じて、サタンがあなたがたを誘惑しないようにするためです。(3-5)

パウロはこの言葉を通して、私たちが忘れてはならない結婚の原則を教えています。

第一に、結婚すると、あなたの体はもはや自分だけのものではなくなります。あなたは配偶者に属し、同様に配偶者もあなたに属するのです。だからこそ、パウロは「互いに相手を拒んではいけない」と教えています。

パウロによれば、祈りに専念するために一時的に控えることは許されますが、それでも相手の合意が必要です。

けれども、パウロは夫婦が再び結びつくべきだと教えています。なぜでしょうか。それは、そうしないとサタンがすぐにあなたたちを性的な罪へと誘惑するからです。

これは特に男性にとっての問題ですが、もちろん女性も誘惑される可能性があります。

しかし、多くの夫婦はこの指示に従わないため、結婚が崩れてしまいます。彼らは結婚の外で自分の性的な欲求を満たそうとし、その結果、夫婦関係を破壊し、配偶者を傷つけ、さらには子供にも深い傷を与えてしまいます。

だから、そうではなく、神の導きに従い、不倫を避け、配偶者との関係の中で性的な満足と幸せを求めましょう。

カテゴリー
雅歌

伴侶と時間を持つ事

この箇所では、ソロモンとその妻は一緒に時間を過ごしています。7:1-10では、ソロモンはもう一度、自分の妻とその美しさに対する喜びを表現します。そして、ソロモンは彼女に対する彼の性的な感情を言い表します。

ああ、慰めに満ちた愛よ。あなたはなんと美しく、快いことよ。あなたの背たけはなつめやしの木のよう、あなたの乳房はぶどうのふさのようだ。

私は言った。「なつめやしの木に登り、その枝をつかみたい。あなたの乳房はぶどうのふさのように、あなたの息はりんごのかおりのようであれ。あなたのことばは、良いぶどう酒のようだ。(雅歌7:6-9a)

おそらく、現代では私たちはそのような比喩を使いませんが、その意味は分かりやすいと思います。

そして、彼女は喜んで答えます。

私の愛に対して、なめらかに流れる。眠っている者のくちびるを流れる。(9b)

そして、彼女は夫の愛を浴びて、ため息をつきながらこう言います。

私は、私の愛する方のもの。あの方は私を恋い慕う。(10)

その後、彼女は一緒に外出することを勧めます。彼女の言葉を見ると、その望みがよく分かるでしょう。

私たちは朝早くからぶどう畑に行き、ぶどうの木が芽を出したか、花が咲いたか、ざくろの花が咲いたかどうかを見て、そこで私の愛をあなたにささげましょう。

恋なすびは、かおりを放ち、私たちの門のそばには、新しいのも、古いのも、すべて、最上の物があります。私の愛する方よ。これはあなたのためにたくわえたものです。(12-13)

恋なすびは植木で、催淫剤効果がありました。だから、彼女の意味は、「外出し、新しい場所に行って、一緒に寝ましょう。私は新しいことも準備したので、一緒に楽しみましょう。」ということです。

8章では、彼女は夫に対する愛を言い表し続けます。彼女は夫に対する欲求を示し続け、「兄と接するときのように、人前でも夫と公然と愛情を交わせたらいいのに」と言います。

そして、彼女は愛と結婚に関する母のアドバイスを思い出し、どれほど学んだかを母に示したいと考えています。

そして、2-4節では、もう一度彼女は夫に対する性的な感情を言い表しますが、同時にシングルの人たちに対して自分の純潔を守るように訓戒します。

この箇所から私たちは何を学ぶことができるでしょうか。一つ目は、結婚におけるセックスの重要性です。おそらく、妻たちは夫たちよりもその重要性を覚えておかなければなりません。

なぜなら、男性は身体的に、性的な親しさを望むようにデザインされているからです。

妻たち、もし知らないのであれば、教えて差し上げます。あなたの夫は、しばしばセックスについて考えます。

それぞれの妻は異なりますが、多くの場合、妻たちは夫ほど性的な親しさを望まないかもしれません。それでも、その時間を作ることは大切です。

また、この箇所の女性のように、妻がその時間を勧めることも重要です。さらに、その時間をより楽しめるように何か提案することも大切です。

なぜそれがそんなに大切なのでしょうか。

一つ目は、セックスが夫婦を結び付けるからです。

二つ目は、夫を性的に守るからです。もちろん、妻も性的に守りますが、特に夫を守ります。

パウロはこう書きました。

互いの権利を奪い取ってはいけません。ただし、祈りに専心するために、合意の上でしばらく離れていて、また再びいっしょになるというのならかまいません。あなたがたが自制力を欠くとき、サタンの誘惑にかからないためです。(第一コリント7:5)

また、彼は言います。

妻は自分のからだに関する権利を持ってはおらず、それは夫のものです。同様に夫も自分のからだについての権利を持ってはおらず、それは妻のものです。(第一コリント7:4)

ソロモンの妻はパウロの言葉をこのように言い直します。

私の愛する方は私のもの。私はあの方のもの。(雅歌2:16)

だから、良い結婚をするためには、夫婦は一緒にいる時間を定期的に取らなければなりません。セックスだけのためではなく、デートのためにも時間を取るべきです。

あなたはどうですか。そうした時間を取れていますか。

カテゴリー
雅歌

結婚式

私の結婚式は2005年でした。今でも、その日をよく覚えています。

妻がどんなに美しく見えたかを覚えています。今でも、私の目には、彼女は美しいです。

3章では、ソロモンのリムジンが花嫁を迎えに行き、結婚式に連れて行きました。そして、ソロモンのシークレットサービスが彼女を守り、ソロモンのもとに連れて行きました。(もちろん冗談です。実際には、ソロモンは御輿と勇士たちを送ったのですが、大体同じ感じでしょう。)

花嫁が到着すると、彼女は素敵な結婚式の服を着たソロモンを見ます。

ソロモンも花嫁を見た時、見とれてしまいます。

ああ、わが愛する者。あなたはなんと美しいことよ。なんと美しいことよ。(雅歌4:1)

そして、彼は彼女について何が好きかを具体的に話します。つまり、彼女の目や歯、唇、頬、首、乳房について話します。彼がその言葉を言いながら、それぞれの部位を愛撫することを想像できます。

けれども、2章とは異なり、彼女は「明日、帰ってきてね」とは言わず、彼はこう言います。

そよ風が吹き始め、影が消え去るころまでに、私は没薬の山、乳香の丘に行こう。(4:6)

5節を読むと、その意味がよく分かると思います。とにかく、彼らは初めて一緒に寝る経験を楽しむ予定です。その後、ソロモンはこう言います。

わが愛する者よ。あなたのすべては美しく、あなたには何の汚れもない。(4:7)

これらは本当にエロチックな言葉です。実は、このことについて書くのは少し恥ずかしいのです。けれども、結婚の中では、そのような言葉を言うのは良いことです。

夫婦は、結婚式の10~20年後に、どれほどそのような言葉を言い続けるでしょうか。もし、彼らがそのような言葉を言い続けたら、本当に良いのではないでしょうか。

彼は彼女が自分のレバノンの実家を去り、彼と永遠に生き続けるように誘います。彼はこう言います。

私の妹、花嫁よ。あなたは私の心を奪った。あなたのただ一度のまなざしと、あなたの首飾りのただ一つの宝石で、私の心を奪ってしまった。私の妹、花嫁よ。

あなたの愛は、なんと麗しいことよ。あなたの愛は、ぶどう酒よりもはるかにまさり、あなたの香油のかおりは、すべての香料にもまさっている。(4:9-10)

私たちの文化では、妻を妹と呼ぶのは少し奇妙です。しかし、その文化では、「あなたは私の家族に入っている」という意味です。

そして、「フランスのキス」がフランスから来たと思うなら、4章11節を読んでください。ソロモンもそのようなキスを知っていました。:)

けれども、ソロモンが一番感謝していたことは、彼女が彼のために純潔を守ったことです。

結婚する前、彼女は「閉じられた庭、閉じられた源、封じられた泉」でした。

多くの男性たちはソロモンのように彼女を知りたがっていましたが、彼女は結婚するまで純潔を守りました。

しかし、今、彼女は自分の庭を開きます。彼女は自分の全身、心と体を彼に捧げます。彼女はこう言います。

北風よ、起きよ。南風よ、吹け。私の庭に吹き、そのかおりを漂わせておくれ。私の愛する方が庭に入り、その最上の実を食べることができるように。(4:16)

その時間の後、彼らが隣に寝ている間、ソロモンは嬉しくてこう言います。

私の妹、花嫁よ。私は、私の庭に入り、没薬と香料を集め、蜂の巣と蜂蜜を食べ、ぶどう酒と乳を飲む。(5:1a)

その時、誰かが話します。誰でしょうか。友達でしょうか。多分神様が話しておられるのでしょう。

友よ、食べよ。飲め。愛する人たちよ。大いに飲め。(5:1b)

それが結婚です。二人は愛し合いますが、結婚するまで純潔を守ります。そして、結婚してからは、ずっと互いに相手を楽しみ合います。神様はそのような結婚を祝福してくださいます。

カテゴリー
雅歌

自分の操を守る事

私たちの世界では、清い人を見つけるのは難しいです。どれくらい夫と妻が結婚するまで、自分の純潔を守っているでしょうか。

私たちの文化は、私たちの清さに反対しているようです。テレビドラマや映画は、よく結婚前のセックスや不倫を描写します。また、インターネットによって、ポルノを見ることがより簡単になりました。

だから、多くの人々は、結婚する前にカップルが一緒に寝るのが当たり前だと思います。また、彼らは結婚する前に一緒に住むことも当たり前だと思います。けれども、神様がセックスを造られた時、それは神様の意図ではありませんでした。

神様はセックスを良いものであり、喜びをもたらすものとして造られましたが、それは既婚者だけのために設けられたものです。結婚の中で、セックスは美しいものです。セックスを通して、カップルは身体的に、感情的に、霊的に結ばれます。

その一方、結婚の外でのセックスは、しばしば心の痛みをもたらします。

この箇所では、私たちは本当に恋人に対する情熱を持っている女性を見ることができます。しかし、彼女は清さの重要性をよく理解していました。

彼らは結婚式の後に、一緒に寝て、抱きしめ合います。(雅歌2:3-7)

彼女は夫をリンゴの木に例えます。そして、私たちは彼女がその愛の関係について安心していることを見ることができます。

彼女は彼に抱かれることを、暑い日に木の下に座ってその「実」を食べるようなものだと言います。そして、彼女は彼の実をもっと食べたいと願います。

干しぶどうの菓子で私を力づけ、りんごで私を元気づけてください。私は愛に病んでいるのです。(2:5)

けれども、彼女はエルサレムのシングルの女性たちに、そして私たちにも警告します。

エルサレムの娘たち。私は、かもしかや野の雌鹿をさして、あなたがたに誓っていただきます。揺り起こしたり、かき立てたりしないでください。愛が目ざめたいと思うときまでは。(2:7)

つまり、愛とセックスは力強いものです。だから、まだ準備ができていない間に、そのパッションを起こすのは危険です。準備というのはどういう意味でしょうか。

それは、あなたが感情的に、また精神的に準備ができていることです。つまり、一生の関係にコミットできること、そしてそのコミットメントの意味を本当に理解していることです。

コミットメントは単なる一瞬の感情ではありません。コミットメントはその一瞬を超えてずっと続くものです。

多くの人々はそれを理解していないため、最終的に離婚してしまいます。また、一緒に寝ている人々は、しばしば結婚する前に別れてしまい、心の痛みを知ります。

この女性は、自分の結婚活動を思い出します。彼女の恋人は現れて、彼女を「デート」に誘いました。彼の言葉から、彼女への愛とパッションがよくわかります。(2:10-14)

けれども、彼もその関係を壊す罠をよく見ていました。彼はこう言いました。

『私たちのために、ぶどう畑を荒らす狐や小狐を捕らえておくれ。』私たちのぶどう畑は花盛りだから。」(2:15)

この場合、ぶどう畑は彼らの愛の関係を表しています。いろんな「キツネ」は私たちの関係を荒らすことができます。例えば、キスしたり、一緒に寝たりすることを急ぎ過ぎることです。

だから、その強いパッションの中で、彼女は彼に言います。

私の愛する方よ。そよ風が吹き始め、影が消え去るころまでに、あなたは帰って来て、険しい山々の上のかもしかや、若い鹿のようになってください。(2:17)

要するに、「一緒に寝る時間はまだ来ていない。帰ってきてね。また明日。」

それでも、彼女は自分の夢で彼を探しに行って、見つけると喜びました。(3:1-4)

しかし、彼女はもう一度私たちに警告します。

エルサレムの娘たち。私は、かもしかや野の雌鹿をさして、あなたがたに誓っていただきます。揺り起こしたり、かき立てたりしないでください。愛が目ざめたいと思うときまでは。(3:5)

セックスは美しいものとして造られました。神様が計画された通りに、私たちがセックスを楽しむならば、セックスには夫婦関係を強める力があります。

けれども、神様の計画に従わないなら、セックスは滅ぼす力もあります。あなたの関係を壊し、あなたを苦しませることになります。

あなたはどうですか?自分の純潔を守っているでしょうか。

カテゴリー
箴言

私たちが追い求めるもの

箴言23章では、私たちが何を追い求めるべきかについて、ソロモンが警告します。

ソロモンはこう言いました。

あなたが支配者と食事の席に着くときは、あなたの前にある物に、よく注意するがよい。あなたが食欲の盛んな人であるなら、あなたののどに短刀を当てよ。

そのごちそうをほしがってはならない。それはまやかす食物だから。(箴言23:1-3)

つまり、食べ物や、この世の物によって満足を追い求めるなら、気を付けてください。

もし、あなたが偉い人や、力がある人や、影響力のある人と一緒に食事をする時、彼らの立場、また、彼らがどんな食べ物を与えるか注目してください。どうして彼らがあなたにおごってくれるか考えてください。

そうしないと、彼らはあなたに悪い計画に参加するように納得させるかもしれません。

自分のお腹や、快楽だけを考える人は簡単に騙されます。

それに、食事することが大好きで、食べ過ぎると、いろんな健康問題が出てきます。多分あなたはそんな人を知っていると思います。だから、ソロモンは警告します。

大酒飲みや、肉をむさぼり食う者と交わるな。大酒飲みとむさぼり食う者とは貧しくなり、惰眠をむさぼる者は、ぼろをまとうようになるからだ。(20-21)

この箇所では、ソロモンはお酒の危険性について警告します。アルコール依存症の人には、いろんな苦しみがあります。(29)

彼らは健康問題が出てきますし、彼らの思いは支離滅裂になります。(32-33)

それに、彼らの人生がどれぐらいめちゃくちゃになったか全然分かりません。次の飲み物だけを考えます(35)。

富を追い求める人もいます。ますますお金を稼ぐことだけを考えます。

しかし、ソロモンはこう警告しました。

富を得ようと苦労してはならない。自分の悟りによって、これをやめよ。あなたがこれに目を留めると、それはもうないではないか。

富は必ず翼をつけて、鷲のように天へ飛んで行く。(4-5)

要するに、この世の富は一時的なものだけです。あなたの死後に、その富を天国に持っていくことはできません。それに、パウロはこう言います。

金持ちになりたがる人たちは、誘惑とわなと、また人を滅びと破滅に投げ入れる、愚かで、有害な多くの欲とに陥ります。

金銭を愛することが、あらゆる悪の根だからです。

ある人たちは、金を追い求めたために、信仰から迷い出て、非常な苦痛をもって自分を刺し通しました。(第一テモテ6:9-10)

もちろんお金自体は悪いものではありません。とはいえ、多くの人は、お金を追い求めながら、自分の結婚や、家族や、人間関係や、自分の人生までも壊してしまいました。自分の信仰から迷い出る人もいます。

セックスを追い求める人もいます。神様はセックスを良いものとして創造されました。つまり、結婚の関係の中で、セックスは愛によって夫と妻を結び合わせるものです。

けれども、多くの人々は結婚の外でセックスを求めるため、最終的には苦しむことになります。

ソロモンは私たちに警告します。

遊女は深い穴、見知らぬ女は狭い井戸だから。彼女は強盗のように待ち伏せて、人々の間に裏切り者を多くする。(27-28)

どれくらい、多くの人が良いものを悪い方法で使ったために、自分の健康や、結婚や、ミニストリーを壊してしまったのでしょうか。

それでは、どう生きればいいのでしょうか。ソロモンはこう言います。

あなたは心のうちで罪人をねたんではならない。ただ主をいつも恐れていよ。

確かに終わりがある。あなたの望みは断ち切られることはない。(17-18)

要するに、この世の民が追い求めるものを追い求めるな。この世の民が願うものを願うな、ということです。

むしろ、神様を追い求めましょう。そうすれば、私たちには将来の希望があります。そして、その希望は決して断ち切られることはありません。