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ダニエル書

主権である神

今日はダニエル書に戻り、ネブカデネザルの話を締めくくります。

このよく知られた話では、ネブカデネザルは理性を失い、約7年間牛のように生活しました。けれども、理性が戻ったとき、彼は神様が主権者であることを認めました。

この話の冒頭では、ネブカデネザルが神様を賛美する場面があります。彼は次のように言いました。

そのしるしのなんと偉大なことよ。その奇蹟のなんと力強いことよ。その国は永遠にわたる国、その主権は代々限りなく続く。(ダニエル書4:3)

その言葉は、この箇所の中心的なテーマです。ネブカデネザルは、自分の過去を振り返り、体験を通じて得た教訓を伝えます。

私、ネブカデネザルが私の家で気楽にしており、私の宮殿で栄えていた。。。(4)

けれども、ある日、彼は恐ろしい夢を見ました。彼は大きな木を見ました。その木の葉は美しく、その実は豊かで、動物を保護し、食べ物を供給していました。

しかし、天使が現れて宣言しました。

その木を切り倒し、枝を切り払え。その葉を振り落とし、実を投げ散らせ。獣をその下から、鳥をその枝から追い払え。

ただし、その根株を地に残し、これに鉄と青銅の鎖をかけて、野の若草の中に置き、天の露にぬれさせて、地の草を獣と分け合うようにせよ。

その心を、人間の心から変えて、獣の心をそれに与え、七つの時をその上に過ごさせよ。

この宣言は見張りの者たちの布告によるもの、この決定は聖なる者たちの命令によるものだ。

それは、いと高き方が人間の国を支配し、これをみこころにかなう者に与え、また人間の中の最もへりくだった者をその上に立てることを、生ける者が知るためである。(14-17)

ダニエルの反応は非常に興味深いものであり、それは情け深さに満ちていました。もしかすると、ダニエルはエレミヤの言葉を思い出したのかもしれません。

わたしがあなたがたを引いて行ったその町の繁栄を求め、そのために主に祈れ。そこの繁栄は、あなたがたの繁栄になるのだから。(29:7)

ネブカデネザルは、ダニエルが愛する国を滅ぼしたにもかかわらず、ダニエルは彼の最善を望みました。

ダニエルはネブカデネザルにこう言いました。

「この夢はあなたについてです。あなたが神様の主権を認めなければ、裁きを受けるでしょう。あなたではなく、神様が主権者です。だから、悔い改めてください。そうすれば、神様の裁きは来ないかもしれません。」

神様は人々を裁く前に、必ず悔い改めのチャンスを与えてくださいます。ネブカデネザルにもそのチャンスを与えてくださいました。

神様は約1年間待っておられました。けれども、ネブカデネザルの態度は全く変わりませんでした。

そして、ある日、彼は宮殿の屋上に立ち、自分の栄光を誇りました。彼はこう言いました。

この大バビロンは、私の権力によって、王の家とするために、また、私の威光を輝かすために、私が建てたものではないか。(30)

その時、神様はネブカデネザルを裁かれました。彼は約7年間獣のように過ごしました。

いつそれが起こったのかは誰にも分かりません。とはいえ、紀元前582年から575年の間、ネブカデネザルの活動に関する記録は全くありません。

7年の終わりに、ネブカデネザルは目を上げて天を見ました。その時、彼は正気に返り、神様をほめたたえました。彼はこう言いました。

その主権は永遠の主権。その国は代々限りなく続く。地に住むものはみな、無きものとみなされる。

彼は、天の軍勢も、地に住むものも、みこころのままにあしらう。御手を差し押さえて、「あなたは何をされるのか」と言う者もいない。。。

そのみわざはことごとく真実であり、その道は正義である。また、高ぶって歩む者をへりくだった者とされる。(34-35,37)

私たちは何を学ぶことができるでしょうか。神様は主権者です。私たちではありません。

私たちの日常生活において、その真理は重要でしょうか。もちろんです。

例えば、あなたには権威を持つ立場がありますか。会社では上司として、また家庭では親として、あなたは権威を持っているかもしれません。

けれども、その権威がどこから来たのかを思い出してください。あなたは神様の権威の下にあります。そして、神様はあなたがその権威をどのように使ったかを裁かれます。

神様は、人々を踏みつけるためにその権威を与えられたのではありません。むしろ、人々に仕えるためにその権威を与えられたのです。

イエス様は私たちの模範です。神様として、イエス様は全ての権威を持っておられましたが、支配するためではなく仕えるために来られました。(マルコ10:45)

同じように、あなたは妻や子供、従業員に仕えるべきです。それが本当のリーダーシップです。

もう一つ考えてみてください。自分の会社のリーダー、家庭のリーダー、または政府のリーダーについて心配する時、神様が主権者であることを思い出してください。

私たちは神様のご計画を理解できないかもしれませんが、神様はその権威を彼らに与えられました。

だからこそ、ダニエルのように、私たちは彼らの最善を求め、彼らのために祈るべきです。

たとえ彼らが悪いリーダーであっても、そうするべきです。彼らが倒れることを喜ぶのではなく、彼らの悔い改めと癒しのために祈るべきです。なぜなら、私たちのリーダーが神様に従うなら、彼らは栄え、私たちも栄えるからです。

あなたはどうですか。神様の主権を認めるでしょうか。

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それでも

私はダニエルとその友達が神様に対して示した忠実さに感心します。プレッシャーが津波のように押し寄せる時に、じっと立ち続けるのは本当に難しいことです。

ネブカデネザルの思いは分かりませんが、多分、彼の夢(2章を読んでください)によってインスパイアされました。ただし、残念ながら悪い方法でインスパイアされてしまいました。

つまり、彼は神様の御前にへりくだるのではなく、自分自身を高めようとしたのです。

夢とは異なり、いろいろな金属で像を作るのではなく、彼は純金の像を作りました。おそらく、この像を通してネブカデネザルは神様にこう言いたかったのでしょう。

「あなたのメッセージを拒絶します。あなたは私の王国が結局倒れると言いましたが、私の王国は永遠に続き、他の王国は私の王国を決して倒すことはできないのです。」

そのプライドゆえに、ネブカデネザルは自分の民に命令しました。「私のミュージシャンが演奏を始めたら、皆はこの金の像の前で礼拝しなければならない。」

バビロンに住んでいる人々は皆、その命令に従いました。しかし、3人の人々だけは礼拝しませんでした。それはダニエルの友達であるシャデラク、メシャク、そしてアベデ・ネゴです。

(ダニエルがどこにいたのかは分かりません。おそらく出張中だったのでしょう。)

カルデヤ人たちはその光景を見て、ネブカデネザルに報告しました。それを聞いたネブカデネザルは非常に怒り、その3人を呼び寄せてこう言いました。

もし拝まないなら、あなたがたはただちに火の燃える炉の中に投げ込まれる。どの神が、私の手からあなたがたを救い出せよう。(ダニエル書3:15)

それでも、ダニエルの友達はそのプレッシャーに屈しませんでした。彼らはこう言いました。

私たちはこのことについて、あなたにお答えする必要はありません。もし、そうなれば、私たちの仕える神は、火の燃える炉から私たちを救い出すことができます。

王よ。神は私たちをあなたの手から救い出します。(16-17)

そして、彼らは言いました。

しかし、もしそうでなくても、王よ、ご承知ください。私たちはあなたの神々に仕えず、あなたが立てた金の像を拝むこともしません。(18)

ようするに、「神様は私たちをあなたの手から救い出すことができます。その力を持っておられます。もしかすると、神様は私たちを救い出してくださるでしょう。もしかすると、私たちは死ぬかもしれません。それでも、私たちは神様だけに仕えます。」

それでも神様だけに仕えます。

それは、無条件のコミットメントです。たとえ死を迎えることになっても、彼らは神様への愛を決して捨てないと固く決心しました。

では、あなたはどうでしょうか。神様に対して、そのようなコミットメントを持っているでしょうか。

家族があなたを拒絶するような状況でも、神様に従う決心があるでしょうか。

仕事を辞めざるを得ない状況になっても、神様に従うことを選ぶでしょうか。

神様があなたのすべての願いを叶えられない時でも、従うことを選ぶでしょうか。

神様は、そのような心を望んでおられます。私たちが神様に従う中で、神様は理想的な人生を約束されるわけではありません。時には、私たち自身が代償を支払わなければならないこともあるでしょう。

とはいえ、昨日のブログで書いたように、神様は私たちと共に歩まれます。神様は火の中でシャデラク、メシャク、アベデ・ネゴと共に歩まれ、それを目の当たりにしたネブカデネザルとバビロンのリーダーたちは驚愕しました。

そのようにして、あなたがどんな苦しい試練に直面しても、神様はあなたと共に歩まれるお方です。

ですから、何が起こっても、神様に従っていきましょう。

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人間と共に歩まれる神

聖書の中では、この箇所は有名な預言の一つです。神様はネブカデネザルにバビロン、ペルシャ、ギリシャ、ローマの帝国の将来を示されました。

神様がネブカデネザルにはっきりと教えたことは、これらの王国や帝国がどれほど素晴らしくても、それらは一時的なものであるということです。

これらの国々は神様の国と比べることはできません。なぜなら、神様の国がそれらを一掃し、神様の国は永遠に続くからです。

この預言は非常に興味深いですが、ネブカデネザルのカルデヤ人(つまり、占星術師)の言葉もまた注目に値します。

ネブカデネザルは彼らに、夢の意味だけでなく夢の内容そのものを知らせるよう命じました。夢の内容を知らせることができなければ、ネブカデネザルは彼らの解釈を信じることはできないからです。

そのカルデヤ人たちはこの要求を聞いて、不満を漏らしました。

この地上には、王の言われることを示すことのできる者はひとりもありません。どんな偉大な権力のある王でも、このようなことを呪法師や呪文師、あるいはカルデヤ人に尋ねたことはかつてありません。

王のお尋ねになることは、むずかしいことです。肉なる者とその住まいを共にされない神々以外には、それを王の前に示すことのできる者はいません。(10-11)

バビロン人たちは多くの神々を信じていましたが、その神々にアクセスすることはできませんでした。彼らはこう言いました。「私たちの神々は人間とその住まいを共にしない」。

しかし、ダニエルの神様は人間と共に歩まれる神です。

ネブカデネザルはバビロンの知者たちを全て殺すよう命じました。

ダニエルはその命令を聞き、神様に祈る時間を求めました。神様はダニエルの祈りを聞き届け、ネブカデネザルの夢とその意味を教えてくださいました。

そして、ダニエルは神様をほめたたえました。

神の御名はとこしえからとこしえまでほむべきかな。知恵と力は神のもの。神は季節と時を変え、王を廃し、王を立て、知者には知恵を、理性のある者には知識を授けられる。

神は、深くて測り知れないことも、隠されていることもあらわし、暗黒にあるものを知り、ご自身に光を宿す。私の先祖の神。私はあなたに感謝し、あなたを賛美します。

あなたは私に知恵と力とを賜い、今、私たちがあなたに請いねがったことを私に知らせ、王のことを私たちに知らせてくださいました。(ダニエル書2:20-23)

ダニエルと共に歩まれた神様は、私たちとも共に歩まれるお方です。イエス様は「インマヌエル」、つまり「私たちと共におられる神」です。

ですから、神様が遠く離れておられる神ではないことを忘れないようにしましょう。

私たちが問題に直面する時、ダニエルのようにへりくだり、神様を求めましょう。神様がダニエルと共におられたように、私たちとも共におられます。