ヒゼキヤはついに悔い改め、神様に向き直りました。それでも、彼の問題はまだ解決していませんでした。アッシリヤは依然としてエルサレムを占領しようと狙っていました。
それでも、ヒゼキヤは再び神様に信頼を置き、神様の約束(イザヤ書38:6)を心に刻んでいたため、希望を持つことができました。そこで、ヒゼキヤは民に向かってこう言いました。
強くあれ。雄々しくあれ。アッシリヤの王に、彼とともにいるすべての大軍に、恐れをなしてはならない。おびえてはならない。
彼とともにいる者よりも大いなる方が私たちとともにおられるからである。
彼とともにいる者は肉の腕であり、私たちとともにおられる方は、私たちの神、主、私たちを助け、私たちの戦いを戦ってくださる方である。(歴代誌第二32:7-8)
ユダ人たちはその言葉を聞いて励まされました。
けれども、アッシリヤの王は自分の家来たちをエルサレムに送りました。
そして、その家来たちは、サタンのように、ユダ人を恐れさせるために嘘と真実を混ぜて語りました。
彼らはこう言いました。
「エジプトはあなたたちを助けることができない。他の国々は私たちの前に立つことができなかった。その国々の神々は彼らを救うことができなかった。」
それらの言葉は、すべて事実でした。しかし、彼らは続けてこうも言いました。
「あなたたちの神も、あなたたちを助けることができない。たとえできたとしても、あなたたちの神は私たちの味方です。実は、あなたたちを滅ぼすために私たちを遣わしたのです。」
それは本当に興味深い言葉です。もちろん、一部は嘘でした。それは、神様がユダを救うことができないということです。
とはいえ、アッシリヤ人たちは神様の預言者たちの言葉を耳にしたことがあったのかもしれません。つまり、預言者たちはアッシリヤがユダを攻撃することを警告していました。
だから、多分アッシリヤ人たちはこう言いたかったのです。
「ほら、あなたたちの預言者たちは、私たちが来ることを警告したでしょう。そして今、私たちは来たのです。あなたたちを倒すために。」
けれども、アッシリヤ人たちは二つのことを言いませんでした。
一つ目は、神様がアッシリヤの没落をも預言していたということです。
二つ目は、神様が警告された理由は、ユダ人たちが悔い改めて救われるためだったということです。
とにかく、ヒゼキヤはその言葉を聞くと、すぐに主の宮に行き祈りました。そして、イザヤはもう一度ヒゼキヤを励ましました。
その後すぐに、クシュの王とその軍隊がアッシリヤ人たちを攻撃したため、アッシリヤ人たちは退却せざるを得ませんでした。
しかし、去る前に、彼らはヒゼキヤに手紙を送り、こう言いました。「また戻ってきます。」
さらに、その家来たちはもう一度アッシリヤが成し遂げたことを自慢しました。
では、ヒゼキヤはどうしたのでしょうか。彼はその手紙を主の前に広げ、祈りました。
ケルビムの上に座しておられるイスラエルの神、万軍の主よ。ただ、あなただけが、地のすべての王国の神です。あなたが天と地を造られました。
主よ。御耳を傾けて聞いてください。主よ。御目を開いてご覧ください。生ける神をそしるために言ってよこしたセナケリブのことばをみな聞いてください。
主よ。アッシリヤの王たちが、すべての国々と、その国土とを廃墟としたのは事実です。彼らはその神々を火に投げ込みました。それらは神ではなく、人の手の細工、木や石にすぎなかったので、滅ぼすことができたのです。
私たちの神、主よ。今、私たちを彼の手から救ってください。そうすれば、地のすべての王国は、あなただけが主であることを知りましょう。(イザヤ書37:16-20)
その祈りから、私たちはいくつかの大切なことを学ぶことができると思います。
1.困難なときに、主がどのような方であるかを思い出しましょう。
神様は天におられる神であり、この世を治めるお方です。また、創造者として私たちを助ける力を持っておられます。
2.私たちの問題を神様に委ねましょう。
自分の必要や疑いについて、正直に神様に語りましょう。
3.へりくだって、神様の助けを求めて祈りましょう。
神様の力に頼るとき、私たちは真の希望を見つけることができます。
ヒゼキヤはこのように行動しました。その結果、神様は彼の祈りを聞き入れ、彼を救われました。神様はアッシリヤの軍隊を打ち滅ぼし、その王も最終的に自分の息子たちによって命を落としました。
あなたが直面している問題は何ですか。 神様があなたの問題よりも偉大なお方であることを思い出してください。
あなたの問題を神様に委ねましょう。そして、救いを求めて祈り、神様に信頼し、その御言葉に従いましょう。
そうすれば、ヒゼキヤのように神様からの救いを経験することができます。