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列王記第二

不実な私たち、忠実な神

この箇所では、もう一人の北イスラエル王国の悪い王について取り上げます。彼の名前はヤロブアム二世です。

けれども、彼は他のイスラエルの王とは少し違った点がありました。それは、彼が悪い王であったにもかかわらず、神様が彼を助けてくださったのです。

ヤロブアムの人生を見ると、彼はまったく神様を求めていなかったようです。

しかし、この世の基準に照らし合わせると、彼は非常に成功した王でした。彼はイスラエルを41年間治め、北イスラエル王国の歴史において最も長い治世を持ちました。

そして彼はイスラエルの領土を回復しました。

ところが、聖書によれば、ヤロブアムは神様に忠実ではない王でした。それにもかかわらず、神様は彼を助けてくださったのです。

なぜ神様は彼を助けてくださったのでしょうか。

主がイスラエルの悩みが非常に激しいのを見られたからである。そこには、奴隷も自由の者もいなくなり、イスラエルを助ける者もいなかった。

主はイスラエルの名を天の下から消し去ろうとは言っておられなかった。それで、ヨアシュの子ヤロブアムによって彼らを救われたのである。(列王記第二14:26-27)

つまり、私たちが不実であっても、神様はいつもご自身の約束を守ってくださいます。

しかし、私たちが心に留めておかなければならないことがあります。 それは、私たちの人生がうまくいっていても、必ずしも神様が私たちを喜んでおられるとは限らないということです。

神様はヤロブアムを喜んでおられませんでしたが、彼を祝福してくださいました。けれども、ヤロブアムが死んだ後、神様はその悪い行いのゆえに必ず彼を裁かれたことでしょう。

だから、私たちが祝福されているときでも、この問いを自分に向ける必要があります。

「どうして私は祝福されているのだろうか。神様に従っているからだろうか。それとも、私の人生が罪深いのに、それでも神様は私を祝福してくださっているのだろうか。」

もう一つ覚えておくべきことがあります。

それは、時として私たちの罪のせいで私たちは落ち込み、神様が私たちを赦してくださらない、また用いてくださらないと思い込んでしまうことです。

そのような時こそ、神様が忠実であられるお方であることを心に留めてください。

私たちが悔い改めるならば、神様は確実に私たちを赦し、回復してくださいます。

私たちが不実であっても、神様は忠実な方です。(第一ヨハネ1:9)

パウロが言ったように、

私たちは真実でなくても、彼は常に真実である。彼にはご自身を否むことができないからである。(第二テモテ2:13)