正直に言うと、今日の個所には分かりにくい言葉があります。
私はいろいろな聖書学者の解説を読みましたが、彼らの意見はあまり一致していません。
例えば、
あなたは正しすぎてはならない。
自分を知恵のありすぎる者としてはならない。なぜ、あなたは自分を滅ぼそうとするのか。
あなたは悪すぎてはいけない。愚かであってはいけない。時が来ないのに、なぜ死のうとするのか。
一つをつかみ、もう一つを手放さないのがよい。神を恐れる者は、この両方を持って出て行く。(伝道者の書7:16-18)
「あなたは正しすぎてはならない」とはどういう意味でしょうか。
また、「あなたは悪すぎてはいけない」とは、どういう意味でしょうか。
ソロモンは、「やりすぎないなら、ちょっと罪を犯しても良い」と言っているのでしょうか。
多分そうではありません。なぜなら、ソロモンは「神を恐れる者は、この両方(の真理)を持って出て行く。」と言っているからです。
では、ソロモンは何を言いたいのでしょうか。
12節では、ソロモンは、知恵が私たちを守ると言っています。
でも、ソロモンは私たちに警告します。私たちは知恵を持っているかもしれませんが、何も悪いことが起こらないとは限りません。
もちろん、神様が私たちを祝福してくださるときもありますが、神様が私たちが試練に直面することを許されるときもあります。
良い人が滅びることもあるし、悪い人が栄えることもあります。(13-15)
とは言え、20節で、ソロモンは、本当に正しい人が誰もいないことを指摘しています。
私たち皆は罪人です。
だから、「どうして、これは私に起こっているの?私は何も悪いことを全然していないのに。」と正直に言える人は誰もいません。
どれだけ、私たちは、相手の罪に気づくのに、自分が同じ罪を犯していることに気づかないでしょうか。(21-22)
だから、たぶんソロモンが意味したのはこうです。「自分が正しいほどに、試練や苦しみを経験することに値しないと考えてはいけません。」
そんなに正しい人は誰もいません。
その反面、「良い人が滅びることもあるし、悪い人が栄えることもあるので、やたらと罪を犯してもいい」と考えてはいけません。なぜなら、その道は必ず死に導くからです。(ローマ6:23)
では、「自分を知恵のありすぎる者としてはならない」とはどういう意味でしょうか。
多分、ソロモンが意味したのは、「自分が十分な知恵を持って、悪の理由のすべてを悟ることができると考えてはいけない」ということです。
イエス様以外では、ソロモンは最も知恵のある人でした。
それでも、ソロモンは悪の理由を説明することができませんでした。
彼は男性も女性もよく観察しました。
彼は、完全に理解できる女性を誰も見つけられませんでした。理解できる男性もあまりいませんでした。
彼が分かったのは、一つのことです。それは、すべての人々が罪に染まっているということです。(23-29)
悪の理由のすべてを理解しようとすると、私たちの脳は爆発してしまい、私たちは自分の信仰を壊してしまうかもしれません。
ヨブの友人たちは、すべての理由を理解していると思っていましたが、最終的に、神様は彼らの知恵を批判し、彼らを責められました。
だから、その二つの間違った考え方を避けましょう。
むしろ、神様の御前にへりくだり、神様が良い方であることを信じ、何が起こっても、神様に従いましょう。
そうすれば、ヨブのように、私たちは神様がやっぱり良い方であることを知るようになります。