私たちは皆、家庭でも教会でも職場でも、周りの人々に影響を与えています。
もしかすると、自分がロールモデルになろうとは思わなかったかもしれません。しかし、実際にはそうした立場を持っていることもあります。もしそうなら、私たちはその役割を果たす責任を、周りの人々に対して、そして神様に対して負っています。
コリントの人々は、エルサレムの人々の苦しみについて聞いたとき、助けたいと願い、その思いをパウロに伝えました。パウロはその知らせを聞いて喜び、さらにマケドニアの人々にそのニュースを伝えました。
そして、マケドニアの人々がそれを聞くと、彼らも助けたいと願いました。こうして、あるマケドニアの人々がパウロとともに、コリントを経由してエルサレムへ行くことになりました。
しかし、パウロの心にはある懸念が浮かびました。「コリントの人々は、もうその献金を整えているだろうか。まさか、まだしていないのだろうか。」
そこで、パウロはこの手紙を書き、彼らが約束通りに献金を整えるよう促しました。そして、彼は彼らにこう書きました。
そうでないと、もしマケドニアの人々が私と一緒に行って、準備ができていないのを見たら、あなたがたはもちろんですが、私たちも、このことを確信していただけに、恥をかくことになるでしょう。(コリント人への手紙第二9:4)
コリントの人々は予想もしませんでしたが、彼らの熱心によって、マケドニアの人々も献金するように鼓舞されました。もし霊的な先輩であるコリントの人々が献金を準備していなかったとしたら、マケドニアの人々は非常に落胆したことでしょう。
もちろん、私たちは完全な存在ではありません。誰もが失敗することがあります。クリスチャンは、何よりもイエス様ご自身を見習うべきです。
それでも、そうしないクリスチャンもいます。イエス様ご自身も、そのことを認めました。だから、彼はこう言いました。
私を信じるこの小さい者たちの一人をつまずかせる者は、大きな石臼を首にかけられて、海の深みに沈められる方が良いのです。
つまずきを与えるこの世はわざわいです。つまずきが起こるのは避けられませんが、つまずきをもたらす者はわざわいです。(マタイ18:6-7)
だからこそ、注意を払いましょう。私たちの行動は、私たちを見上げる人々に影響を与えることを心に留めましょう。
神様の恵みによって、私たちの模範を通して、人々が失望し、神様から離れることがないように。むしろ、私たちの模範によって、彼らが神様に従うように励まされますように。
