私たち皆には、一人ぼっちだと感じるときがあります。ダビデも、そう感じたことがありました(詩篇142:4)。
ダビデの言葉は、私の心を打ちました。
声をあげて、私は。。。叫びます。
声をあげて、私は。。。あわれみを乞います。
私は。。。自分の嘆きを注ぎ出し。。。
私の苦しみを。。。言い表します。
誰にダビデはそうしていたのでしょうか。もちろん、主にそうしていたのです。
ダビデが一人ぼっちだと感じたのに、主はダビデと共におられました。そういうわけで、ダビデはこう言えました。
私の霊が私のうちで衰え果てたときにも、あなたは私の道をよく知っておられます。(3節)
また、
主よ、私はあなたに叫びます。「あなたこそ私の避け所、生ける者の地での私の受ける分。」(5節)
あなたは自分が一人ぼっちだと思いますか。自分が捨てられたと感じていますか。
イエス様も、その感じがよく分かっておられました(マタイ27:46)。
しかし、神様はイエス様を、よみの牢に捨て置かれませんでした(使徒の働き2:25–32)。
神様は、あなたをも見捨てられません。
だから、主に声をあげましょう。主にあわれみを乞いましょう。
主に、自分の嘆きを注ぎ出しましょう。主に、自分の苦しみを言い表しましょう。
神様は、あなたの声に耳を傾けてくださいます。
そして、神様は、あなたを復活させてくださいます。
