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ヘブル人への手紙

結婚を重んじていますか

日本、アメリカ、そして他の国々の道徳的状況を見ると、結婚の概念がどれほど悪化しているかが分かります。

もちろん、アメリカやヨーロッパには同性婚がありますが、異性愛の結婚においてさえ、私たちは結婚の概念がいかに損なわれているかを目の当たりにします。人々が神様の本来の計画からどれほど遠く離れてしまっているかに驚かされます。

神様のご計画では、夫婦は肉体的に、精神的に、霊的に一つとなります。そして、その結婚は生涯にわたって続くものです。そこでは、不倫など想像すらできないことなのです。

しかし現実には、私たちはどんな結婚を目にしているでしょうか。冷えきった関係、虐待的な結婚、不倫、自己中心的な態度、分裂、そして最終的には離婚です。

なぜこのようなことが起きるのでしょうか。それは、私たちが結婚を重んじなくなったからです。そして、結婚の寝床をも重んじません。だからこそ、結婚はここまで荒廃したのです。

だから、この手紙の著者は私たちに訓戒を与えているのです。

結婚がすべての人の間で尊ばれ、寝床が汚されることのないようにしなさい。神は、淫行を行う者と姦淫を行う者をさばかれるからです。(へブル人への手紙13:4)

少し立ち止まって考えてみてください。もし私たちが結婚を重んじず、結婚の寝床が汚されることのないように気を配らなければ、神様はその行為を見過ごされません。むしろ、神様は私たちを裁かれます。

あなたが不倫をするなら、神様はあなたを裁かれます。

結婚を軽んじて、結婚しないまま彼や彼女と関係を持つなら、神様はあなたを裁かれます。

なぜでしょうか。それは、神様のご計画が「ただ一人の伴侶と結婚し、その人と一つになること」だからです。

結婚せずに関係を持つなら、また不倫をするなら、あなたは結婚の寝床を汚してしまうことになります。結婚の寝床は、夫婦が永遠に結ばれるという神聖な象徴なのです。

しかし、それだけではありません。もし夫や妻に冷たい態度を取り続けるなら、あなたは結婚の寝床を軽んじています。

精神的にも肉体的にも相手と距離を置き、自己中心的にふるまい、相手の必要に心を向けず、虐待するならば、あなたは結婚の寝床を軽んじているのです。

あなたは自分の結婚を重んじているでしょうか。あなたの妻や夫と一つとなるよう努めているでしょうか。

あなたは周囲の人々の結婚を重んじているでしょうか。不倫を避けているでしょうか。それ以上に、周りの夫婦の関係を強めるよう努めているでしょうか。

もしあなたが独身であるなら、結婚のために性的な清さを保っているでしょうか。

そうしないなら、神様はあなたを裁かれます。神様はそのようなことを軽んじられません。

あなたは結婚について、どのような態度を持っているでしょうか。

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箴言

簡単に騙される

私の娘が保育園に通っていたころ、運動会に行きました。「釣り」をする競技があって、子供たちは「釣り場」まで走って、プレゼントを捕まえようとしました。実を言うと、そこにいる先生がそのプレゼントをフックに付けてくれました。

アメリカでは、ボウルにいる金魚を捕まえるゲームがありますが、その運動会のゲームはもっと簡単でした。私の娘はほとんど何もしませんでしたが、そのプレゼントを捕まえることができました。

とにかく、英語では、「It’s like catching goldfish」、つまり「金魚を捕まえるようだ」という表現があります。その意味は「それをすることはとても簡単。」ということです。

多くの人々はその金魚のようです。そして、悪魔が彼らを騙して、引っ掛けるのは本当に簡単です。ソロモンはこの箇所で、例を挙げています。

ある若い男性がすぐにトラブルに陥りました。なぜでしょうか。

一つの理由は彼が思慮に欠けたからです。彼はずっとわきまえのない者たちと一緒に遊びました。その友達も道徳観念がなかった。そして、彼は現在のために生きて、将来を全然考えませんでした。

二つ目の理由は、彼が怠け者だったからです。また彼は深夜にうろついて、退屈していました。彼は全然予定がなかったので、不倫の女性の計画にすぐに従ってしまいました(8-9)。

彼女は家を出て、人前で厚かましく彼に口をつけ、こう言いました。「私の夫は出張中です。明日まで帰りません。私はあなたをずっと見ていて、待っていました。あなたのためにすべてを整えました。食事とか、私のベッドとか。」

14節では、彼女は「和解のいけにえをささげた」と語っています。それは神様との平和の象徴であり、神様への感謝のしるしでもありました。

この儀式の一部には、いけにえの肉を持ち帰り、家族とともに祝って食べるという習慣が含まれていました。

そのような神聖な感謝の食事を用いて、この女性は若い男性を誘惑しようとしたのです。本来なら、神様への感謝をもって夫と共に分かち合うべきものでした。

その男性はわきまえのない人だったので、彼はほふり場に引かれる牛のように彼女の家に入りました。

ソロモンは彼がその罪に落ちて、自分の命がかかると言いました。なぜなら、その主人がその罪を知ったら、多分彼を殺すからです。その主人が決して知ることがなくても、神様はきっとその男性を裁かれます。

だから、ソロモンは自分の息子に警告します。

あなたの心は、彼女の道に迷い込んではならない。

その通り道に迷ってはならない。彼女は多くの者を切り倒した。

彼女に殺された者は数えきれない。彼女の家はよみへの道、死の部屋に下って行く。(箴言7:25-27)

どうやって、私たちはその男性の運命を避けることができるでしょうか。

まず、神様の知恵を求めましょう。その知恵をあなたの仲間にしましょう。ソロモンはこう言いました。

知恵に向かって、「あなたは私の姉妹だ」と言い、悟りを「身内の者」と呼べ。(4)

二つ目は、怠けてはいけません。目的がなくて、町中でうろついたら、トラブルを招きます。退屈は多くの人々を罪に導きます。多分、あなたはそのことをもうご存知かもしれません。

最後に、罪から逃げましょう。罪は魅力的に見えるかもしれませんが、神様の言葉を知っているなら、その罪が悪いものであることがすぐに分かります。

だから、罪を見ると、すぐに逃げましょう。そうしないと、誘惑がもっと強くなって、あなたはその誘惑に負けるかもしれません。

私たちがわきまえのない人にならないように。むしろ、知恵の道を歩んで、主を恐れましょう。

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箴言

罪に執着する

現代のテレビドラマで、不倫の話がよく出ています。それはごく普通のトピックのようです。それでも、多くの人はその教訓を学びません。

そのテレビ番組でも、人々は不倫して、大変な結果が出ます。人は傷つけられるし、人間関係は壊れるし、時々、人は殺されます。

テレビ番組でも、「あ、あなたは私の妻と寝ているのですか。どうぞ、続けてください。」と言う人は一人もいないと思います。

だから、ソロモンはこう言いました。

人は火をふところにかき込んで、その着物が焼けないだろうか。また人が、熱い火を踏んで、その足が焼けないだろうか。

隣の人の妻と姦通する者は、これと同じこと、その女に触れた者はだれでも罰を免れない。(箴言6:27-29)

そして、ソロモンはこう言います。もし、誰かが飢えているので、食べ物を盗むなら、裁判官は同情するかもしれませんが、その人を罰します。

けれども、ほかの男性がある人の妻と寝るなら、その夫は全然同情せずに、その人に対して復讐しようとします。ソロモンはその不倫する男性についてこう言いました。

彼は傷と恥辱とを受けて、そのそしりを消し去ることができない。

嫉妬が、その夫を激しく憤らせて、夫が復讐するとき、彼を容赦しないからだ。

彼はどんな償い物も受けつけず、多くの贈り物をしても、彼は和らがない。(33-35)

だから、ソロモンは「あなたの心を守りなさい」と言います。「不倫するな。また、売春婦を避けなさい。」

ソロモンはこれも言いました。

遊女はひとかたまりのパンで買えるが、人妻は尊いいのちをあさるからだ。(26)

つまり、売春婦はあなたのお金を全部取ってから、いなくなります。そして、不倫すると、あなたの結婚と家族は壊れるし、性病にかかるかもしれません。もしかしたら、あなたは殺されるかもしれません。

しかし、不倫だけではなく、すべての罪は人々を滅ぼします。

だから、罪に執着にしないように。その罪は魅力的かもしれませんが、最終的にはその罪は火のようにあなたに火傷を負わせます。またその罪は私たちのものを取って、私たちを滅ぼします。

むしろ、私たちを愛し、私たちの罪のために十字架で命を捧げられた方を求めましょう。毎日、イエス様をさらに深く愛することを学び続けましょう。そうすれば、真の愛と真の命に出会うことができます。

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箴言

あなたの妻(夫)を喜ぶ

箴言の中でいくつかの姦淫に関する箇所があります。これはその一つの箇所です。

この世では、多くの人々は結婚の意味が分からなくなりました。だから、彼らはセックスに関しても、分からなくなりました。

結婚というのは、人々は互いに相手を喜び合うことを学んで、一体となることです。それは性的だけではなく、感情的に、また霊的に一体となることです。

二人が一体になると、その関係はほかの人間関係と比べられません。彼らは互いに相手のことを全く知っているけど、全く受け入れ合います。

ある日、私はこんな言葉を書いているTシャツを見ました。”Love is blind.”(愛は盲目です。)

それは間違っていると思います。本当の愛はすべてを見るけど、相手を受け入れて愛します。相手のすべてを見ても、その人を喜びます。

夫婦にそんな関係があれば、彼らはスリルを感じます。なぜなら、彼らは互いに愛し合ったり、受け入れたりするからです。

あなたは相手に裁かれないし、他の人と比較されません。むしろ、あなたはありのままで受け入れられます。それに、あなたの欠点と弱さがあるのに、相手があなたを喜ぶことを知っています。

一方で、不倫する人はどうですか。彼らはそんな関係ができません。

もし、彼らが自分の夫か妻を捨てて、あなたと不倫すると、いつか彼らはあなたを捨てて、ほかの人と不倫するかもしれません。

彼らがそうしなくても、あなたはその疑いと不安を感じるでしょう。もし、彼らが現在の夫か妻をあなたと比較するなら、将来、彼らはあなたをもっと素敵な人と比べ始めるかもしれません。

その不倫する人は自分の愛が彼らをどこに連れていくか知りません。彼らはただ自分の感情についていくからです。また、彼らは自分の道がどんなに曲がったか知りません。

ソロモンはそんな人に関して、こう書きました。

その女はいのちの道に心を配らず、その道筋は確かでないが、彼女はそれを知らない。(箴言5:6)

そんな人とは長期の関係ができません。最初、その関係は楽しいかもしれないけど、最終的にその関係はあなたの口に苦い味を残してしまいます。

ソロモンはこう書きました。

他国の女のくちびるは蜂の巣の蜜をしたたらせ、その口は油よりもなめらかだ。しかし、その終わりは苦よもぎのように苦く、もろ刃の剣のように鋭い。

その足は死に下り、その歩みはよみに通じている。(箴言5:3-5)

それに、姦淫の道は永遠の死に導くかもしれません。この個所では、ソロモンは私たちに警告します。神様は私たちを見て、私たちの罪を裁かれます。

それだけではなく、姦淫は物理的な死に導くかもしれません。例えば、嫉妬深い夫か妻の手であなたは殺されるかもしれません。もしくはエイズやほかの性病によってあなたは死ぬかもしれません。

また、姦淫によって、あなたは経済的に苦しむかもしれません。そして、どれぐらい、人々は自分の夫か妻を捨てた後で、すぐ自分の恋人に振られるでしょうか。

だから、ソロモンはこう言いました。

あなたの水ためから、水を飲め。豊かな水をあなたの井戸から。

あなたの泉を外に散らし、通りを水路にしてよいものか。それを自分だけのものにせよ。

あなたのところにいる他国人のものにするな。

あなたの泉を祝福されたものとし、あなたの若い時の妻と喜び楽しめ。愛らしい雌鹿、いとしいかもしかよ。その乳房がいつもあなたを酔わせ、いつも彼女の愛に夢中になれ。(箴言5:15-19)

つまり、あなたの時間とエネルギーを不倫するために使わないようにしましょう。その関係は最終的に幸せに導かないからです。

むしろ、あなたの夫を喜びましょう。あなたの妻を喜びましょう。彼らの愛に夢中になりましょう。

神様が彼らを愛しておられるように、私たちも彼らを愛することを学びましょう。また、神様があなたを愛しておられるように、あなたも彼らに愛されることを学びましょう。

そうすれば、結婚における満足、そして性的な面でも満たされるようになるでしょう。

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ホセア書

不実

この世では、多くの人々は夫が妻に不実になり、妻も夫に不実になることが当たり前だと考えています。

けれども、そのように考えると、不倫が結婚にどれほど破壊的な影響を与えるかが分からなくなります。また、あなたの伴侶をどれほど深く傷つけるかが見えなくなります。

私たちの神様との関係も同じです。神様は私たちとの関係を結婚に例えられます。

クリスチャンである私たちはキリストの花嫁です。そのため、私たちが神様に不実であれば、神様を深く傷つけ、その関係に大きな打撃を与えることになります。

この箇所で神様はそれを指摘されます。何度も、神様はイスラエルに対するご自身の愛と忠実さを語られました。

例えば、イスラエル人の祖先であるヤコブが詐欺師であり、神様と戦ったにもかかわらず、神様はヤコブに愛と憐れみを注がれました。また、神様はイスラエル人をエジプトから導き出し、彼らが砂漠を越える時にモーセを通して彼らを養い、世話されたのです。

しかし、イスラエル人は自分たちの土地に定着して力を持つようになると、高慢になりました。彼らは神様に不実になり、自ら作った偶像を礼拝し始めました。

時間が経つにつれて、彼らの堕落はますます深刻になり、最もひどいのは、自分の子供たちをいけにえとして捧げたことです。

さらに、敵が彼らを攻撃すると、彼らは神様に立ち返らず、他の国々と同盟を結びました。

神様がイスラエルを責められる言葉を読むと、その深い痛みが伝わってきます。神様は裏切られた夫のように悲しまれました。

わたしは、エフライムの偽りと、イスラエルの家の欺きで、取り囲まれている。(ホセア書11:12)

ヤコブが妻を得るためにそのお父さんに代価を支払ったように、神様もイスラエルのために代価を支払われました。また、神様はずっとイスラエル人を世話されました。

しかし、それにもかかわらず、イスラエルは主の怒りを引き起こしました。(12:12-14)

そのため、神様は将来の裁きについて警告されました。

神様は、「その裁きが来るとき、救いは来ない」と警告されたのです。

彼らの王は彼らを救うことができず、神様も彼らを救われません。なぜなら、彼らは自分の「夫」であり救い主である神様から離れたからです。

だから、神様は言われました

わたしはよみの力から、彼らを解き放ち、彼らを死から贖おう。(13:14a)

この箇所はヘブル語から翻訳するのが少し難しいです。そのため、英語の聖書には二つの翻訳があります。

一つは、この日本語の翻訳と同じ意味を持っています。けれども、もう一つの翻訳はより優れており、それは以下のようなものです。

わたしはよみの力から、彼らを解き放ちましょうか。彼らを死から贖いましょうか。

そして、神様の答えは、「違います。そのようにはしない。」でした。

そのため、神様はこう言われました。

死よ。おまえのとげはどこにあるのか。よみよ。おまえの針はどこにあるのか。あわれみはわたしの目から隠されている。(13:14b)

パウロは第一コリント15章でこの箇所を引用し、神様がキリストの死に対する勝利によって、いつか死のとげと墓の針を取り除かれることを教えました。

ところが、この箇所ではホセアは全く異なるメッセージを伝えています。

すなわち、神様は「死よ、お前のとげはどこにあるのか。よみよ(すなわち墓)、お前の針はどこにあるのか」と言い、死のとげと墓の針をイスラエル人の上に落とすように呼びかけました。

なぜでしょうか。それは、彼らが神に不実だったからです。

神様は彼らをまだ愛しておられたでしょうか。もちろんです。最終的に彼らを回復されたでしょうか。それもその通りです。なぜなら、私たちが不実であっても、神様は忠実な方だからです。

不実があっても結婚が続く場合があります。しかし、一人が不実であれば、相手は深く傷つき、苦しみます。それだけでなく、不実な人自身も最終的に苦しむことになるのです。

私たちの神様との関係も同じです。イスラエルはこの重要な教訓を学びました。

私たちは、自分が不実であるとき、どれほど神様を傷つけるかを考えるべきです。私たちはこの世の物をどれほど愛し求め、神様の愛と忠実さをどれほど踏みにじっているのでしょうか。

私たちが不実で夫や妻を傷つけるのと同じように、神様に対して不実であれば、神様も深く傷つかれるのです。

そのような行動を避けましょう。そして、いつも忠実な神様に対して、私たちも忠実であり続けましょう。