カテゴリー
使徒の働きのデボーション

主がもう一度来られるから

「ガリラヤの人たち、どうして天を見上げて立っているのですか。

あなたがたを離れて天に上げられたこのイエスは、天に上って行くのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになります。」(使徒の働き1:11)

今朝、上の言葉を読んだとき、私はこう考えました。「天使たちは何を伝えたかったのだろうか。ただ『イエス様がもう一度この世に来る』と告げたかっただけなのだろうか。」

もしかすると、その言葉には言外の意味が込められていたのかもしれません。

きっと、言外の意味があったのでしょう。私にははっきりとは分かりませんが、もしかしたら天使たちは、弟子たちにイエス様の言葉を思い出させたかったのかもしれません。

つまり、

腰に帯を締め、明かりをともしていなさい。主人が婚礼から帰って来て戸をたたいたら、すぐに戸を開けようと、その帰りを待っている人たちのようでありなさい。。。

主人が帰って来たときに、そのようにしている(つまり、忠実に仕えている)のを見てもらえるしもべは幸いです。(35-36,43)

要するに、天使たちは弟子たちにこう語りかけていたのだと思います。「どうして、ただそこに立っているのですか?イエス様は帰って来られます。だから、行きなさい。イエス様が命じられたことを行いなさい。」

もちろん、弟子たちが福音を述べ伝える前に、聖霊様が来て彼らを満たしてくださるのを待たなければなりませんでした。

しかし、待っている間、彼らは共に祈り、ユダの代わりにマッティアという人を選びました。

ところで、私たちはどれほど、イエス様がもう一度この世に来られることを思い巡らしているでしょうか。そのことを覚えて、神様から与えられた働きを忠実に行っているでしょうか。

正直に言うと、私はよく自分のしていることに夢中になってしまい、神様が私に望んでおられることを全く考えなくなってしまいます。その結果、どうでもいいことに時間や力を浪費してしまうのです。

あなたはどうでしょうか。神様から与えられた働きを、忠実に果たしておられますか。

主よ。あなたはこの世に帰って来られます。その日がいつなのか、私は分かりません。けれどもその日、私があなたから与えられた働きを忠実に行っている姿を、あなたに見ていただきたいのです。

私に何をしてほしいのかを教えてください。誰に触れてほしいのかを教えてください。

あなたのみ名によって祈ります。アーメン。