多分、エルサレムが攻撃された後に、詩篇48篇は書かれたと思われます。そして詩人は、神様がエルサレムを守ってくださるために、神様の偉大さをほめたたえます。
その詩人は歌います。
主は大いなる方。大いにほめたたえられるべき方。その聖なる山、われらの神の都において。(詩篇48:1)
エルサレムにある山シオンの美しさを讃えた後、詩人は歌います。
神は、その宮殿で、ご自身をやぐらとして示された。
見よ。王たちは相つどい、ともどもにそこを通り過ぎた。
彼らは、見るとたちまち驚き、おじ惑って急いで逃げた。(3-5)
そして、詩人は歌います。
私たちは、聞いたとおりを、そのまま見た。万軍の主の都、われらの神の都で。神は都を、とこしえに堅く建てられる。(8)
この詩篇から私たちは何を学ぶことができるでしょうか。
神様がご自身の住まいを見守ってくださったように、私たちを見守ってくださいます。
神様はもうある都市の宮におられるわけではありません。(実は、エルサレムの宮は本当は神様の家ではなかったのですが、その時、神様はご自身の臨在をその宮で示されました。)(列王記第一8:27;9:3)
今、神様はご自身の民の心の中におられます。
だから、私たちの敵、つまりサタンが私たちを攻撃するとき、私たちが神様に信頼するなら、神様は私たちを堅く建ててくださいます。
だから困る時に、恐れずに神様の恵みを思い巡らしましょう。(9)
神様の目には、私たちは神様の美しい宮であり、神様の喜びであり、神様の貴い子供たちです。だから、神様はいつも私たちを見守ってくださいます。
そして、神様からの救いを見ると、神様の慈しみに感謝しましょう。また、それを覚えておきましょう。
この方こそまさしく神。世々限りなくわれらの神であられる。神は私たちをとこしえに導かれる。(14)
