イエス様は弟子になることに関して、こう言われました。「費用を計算しなくてはなりません。」(ルカ14:28-33)
私たちの人生では、いろいろな費用を計算するべきです。そして、私たちは自分自身にこう訊かなくてはなりません。「私が求める物はその代価に値するでしょうか。」
ソロモンはこう書きました。
心に喜びがあれば顔色を良くする。心に憂いがあれば気はふさぐ。(箴言15:13)
また、
悩む者には毎日が不吉の日であるが、心に楽しみのある人には毎日が宴会である。(15)
要するに、私たちの心の調子は私たちの喜びのレベルを左右します。
もし、心の中に主の喜びを持てば、私たちの顔は明るくなり、神様からのこの人生を楽しむことができます。
しかし、この世の重荷を背負い、サタンに圧迫されたなら、あなたの人生は本当にみじめなものになります。
だから、ソロモンはこう言います。
わずかな物を持っていて主を恐れるのは、多くの財宝を持っていて恐慌があるのにまさる。
野菜を食べて愛し合うのは、肥えた牛を食べて憎み合うのにまさる。(16-17)
お金を持てば、幸せになると思う人もいます。けれども、多くの場合、お金を持っていても、彼らは苦しみます。彼らはいつも証券市場や景気について悩んでいるからです。
また、彼らは働きすぎるため、家族との関係が悪化してしまいます。奥さんはいつも文句を言い、子供たちも父親との関係が悪くなります。
さらに、彼らは寝不足でストレスがたまり、その結果、健康も悪化します。
その一方で、お金があまりないけれど、神様との平和と家族との平和がある人もいます。
彼らは欲しがるものをすべて持っていないかもしれませんが、必要なものを持っています。彼らはちゃんと食べられるし、ちゃんと寝られるし、洋服も持っています。それに、家族の愛も持っています。
あなたは何を求めているでしょうか。その費用を計算していますか。あなたの健康や、家族や、神様との関係は上手くいっているでしょうか。上手くいっていないでしょうか。
あなたが求めるものはその代価に値するでしょうか。
