この箇所は神様がモーセを呼ばれた箇所と似ています。両方の場合、神様は自信がない人を呼び、用いられました。
この場合、天使はギデオンを呼ばれたときに、興味深いことを言いました。(ちなみに、多くの学者は、その「天使」がイエス様だと考えています)。その天使は言いました。
勇士よ。主があなたといっしょにおられる。(士師記6:12)
けれども、ギデオンは全く勇士ではありませんでした。彼はただの農夫でした。そして、彼は全然強くなかったし、全く勇気がありませんでした。神様が彼を呼ばれた時に、彼は答えました。
「私は取るに足りない人ですし、取るに足りない部族の出身です。どうやって、私はイスラエルを救うことができるでしょうか。」
そして、ギデオンはバールの祭壇を破壊する時に、夜に行いました。なぜならば、彼は家族と近所の人々を恐れていたからです。
また、ギデオンはイスラエル人を戦いのために集めた時に、神様が彼らと共におられる証拠を求めました。
それでも、神様はギデオンに恵みを与えてくださいました。ギデオンが神様を試しても、神様は許してくださいました。
そして、ギデオンがやっと「この方は神様です」と分かって、恐れてひれ伏した時に、神様は言われました。
安心しなさい。恐れるな。あなたは死なない。(23)
ギデオンは罪人でした。死に値しました。なぜならば、ギデオンは罪人であったのに、聖なる神様の御顔を見たからです。しかし、神様はギデオンを殺しませんでした。むしろ、神様はギデオンを素晴らしい働きのために呼ばれました。
どうしてでしょうか。それは、神様がギデオンの可能性を見られたからです。神様はギデオンを信じてくださいました。
そのように、神様はあなたを信じてくださいます。あなたが見えなくても、神様はあなたの可能性を見られます。
だから、自己憐憫にふけらないでください。「私は取るに足りない人だ」と言わないでください。
それは嘘です。なぜならば、神様があなたを創造されたからです。そして、神様の目的のためにあなたを造られました。つまり、あなたが神様を知り、神様の国のために仕えるために造られました。
どんな人であっても、神様はあなたに可能性を見られます。
ただ、私たちは神様に「イエス」と言うべきです。
あなたはどうしますか。
