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エペソ人への手紙のデボーション

すべての武具を身に着けて

悪魔の策略に対して堅く立つことができるように、神のすべての武具を身に着けなさい。。。

ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、また、一切を成し遂げて堅く立つことができるように、神のすべての武具を取りなさい。(エペソ人への手紙6:11~13)

「すべての武具。」

今朝、神様はその言葉を私の心に刻まれました。

すべての武具を身に着けなさい。すべての武具を取りなさい。一部の武具ではなく、すべての武具なのです。

サタンは私たちに攻撃するため、一つの策略ではなく、さまざまな策略を使います。だから、毎日、すべての武具を身に着けなければ、私たちは攻撃に対して脆弱になります。

パウロの言葉を言い換えると、すべての武具を身に着けなければ、あなたは悪魔の策略に対して堅く立つことができません。

神様のすべての武具を取らなければ、あなたは抵抗することも、堅く立つこともできません。

だから、真理の帯を締めましょう。つまり、神様の言葉をあなたの思考の土台にしましょう。また、あなたの言葉が真理によって特徴づけられるようにしましょう。

そして、仮面を捨てましょう。つまり、教会では一人の人間、教会の外ではもう一人の人間という二面性を持たないことです。

胸には正義の胸当てを着けましょう。正義をもって、周りの人々に接しましょう。また、あなたの失敗のためにサタンがあなたを責めるときは、イエス様を信じる信仰によるキリストの義を着けましょう。

恵みの福音の備えをも履きましょう。そうすれば、自責の念や律法主義、そして意図的な罪に陥ることはありません。

信仰の盾をも取りましょう。でも、一人で立ってはいけません。ほかのクリスチャンたちと共に立ちましょう。クリスチャンの交わりを優先しましょう。

そうすれば、あなたの盾は強い亀の甲羅の一部となります。その甲羅は、あなただけでなく、周りのクリスチャンたちをサタンの攻撃から守ります。

救いのかぶとを受け取りましょう。感謝をもって、受け取りましょう。なぜなら、あなたは神様の恵みによって救いを得たからです。

そして、サタンが嘘であなたを攻撃するときは、神様のことばという剣を振るいましょう。

あなたはどうですか。神様の武具のすべてを身に着けているでしょうか。もしかしたら、その武具の一部は床に残されたままになっているのではないでしょうか。

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テサロニケ人への手紙第一のデボーション

望みをかぶる

しかし、私たちは昼の者なので、信仰と愛の胸当てを着け、救いの望みというかぶとをかぶり、身を慎んでいましょう。(テサロニケ人への手紙第一5:8)

「望みというかぶとをかぶり」という言葉は、私の心を打ちました。

この世界には、多くの人々が希望をあまり持っていません。むしろ、たくさんの人々が絶望の中にいます。多くのクリスチャンたちも絶望しています。

私たちは、この世の問題を見るからです。また、自分の問題を見るからです。

でも、パウロが私たちに促すのは、「絶望の念から守るために、望みをかぶりなさい」ということです。

でも、どんな望みのかぶとをかぶるべきでしょうか。それは、私たちの救いの望みです。

神様がいつかこの世の悪を裁くという希望です。

でも、裁きの日に、私たちが神の御怒りを受けないという希望を持っています。

むしろ、イエス様が私たちの罪のために死なれたから、神様との私たちの関係が回復して、私たちが生きていても、死んでも、イエス様と共にいつまでも歩むという希望を持っています。(9ー10節)

さらに、私たちが不完全な者であり、自分の罪と弱さと戦っているにもかかわらず、神様が私たちを完全に聖なる者とし、私たちの霊、たましい、からだのすべてが、イエス様がこの世に帰るときに、責められるところのない者として保たれているという希望を持っています。(23節)

私たちは、いつも真実ではないかもしれません。

でも、私たちを召された神様は真実ですから、そのようにしてくださいます。(24節)

だから、望みをかぶりましょう。

そして、神様が良い方で、私たちを愛していることを信じる信仰が、私たちの心を守りますように。

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エペソ人への手紙のデボーション

神様の御手から救いを受ける

今日、興味深いことを見つけました。 エペソ人への手紙6章17節で、パウロはこう言いました。

救いのかぶとをかぶり(なさい)。

「かぶる」という言葉は、普通、聖書では「受ける」と翻訳されます。 パウロが描写するのは、兵隊がしもべからかぶとを受け取ることです。もちろん、彼は受け取ってから、そのかぶとをかぶります。

とにかく、私たちは大切なことを覚えていなくてはなりません。 それは、私たちが自分の救いの方法を作らないことです。 また、私たちは自分の救いのために働きません。 むしろ、私たちは神様の御手から救いを受けます。

サタンはよく私たちの心に火矢を放ちます。「あなたは救いに値しない人です。」

でも、私たちはサタンに大胆に答えることができます。

「それはそうです。でも恵みによって、神様は救いを私に与えてくださいました。イエス様はしもべの姿を取り、十字架で私の罪のために支払ってくださいました。私はイエス様の御手から救いを受けました。」

その真理を喜びましょう。そして、私たちの訴えるものに直面するとき、その真理の上にしっかり立ちましょう。

私は、大きな声が天でこう言うのを聞いた。

「今や、私たちの神の救いと力と王国と、神のキリストの権威が現れた。私たちの兄弟たちの告発者、昼も夜も私たちの神の御前で訴える者が、投げ落とされたからである。(黙示録12:10)