すべて国々の民よ、これを聞け。
すべて世に住む者よ、耳を傾傾けるけよ。低い者も高い者も、
富む者も貧しい者も、ともどもに。私の口は知恵を語り、
私の心は英知を告げる。(詩篇49:1~3)
このことばを読んで、私は思いました。「これは、私たちに対する主のみことばでもあるでしょう」と。
主は、私たちが決して払うことのできない身代わり金を、十字架で払ってくださいました。また、私たちのたましいを贖い出し、よみの手から私たちを奪い返してくださるのです。(詩篇49:7~9、15)
けれども、私は何を優先しているのでしょうか。何に信頼を寄せているのでしょうか。
それはお金でしょうか。それとも、主のみことばでしょうか。
経済的な安全を追い求めるよりも、主のみことばを悟り、実践することに努めているでしょうか。
私の心が何を主張しているかは分かっています。しかし、私の行動は同じことを語っているでしょうか。
主よ、私が自分の日ごとの糧よりも、あなたの口のことばを蓄える者となれますように。(ヨブ記23:12、別訳)
