カテゴリー
雅歌

伴侶と時間を持つ事

この箇所では、ソロモンとその妻は一緒に時間を過ごしています。7:1-10では、ソロモンはもう一度、自分の妻とその美しさに対する喜びを表現します。そして、ソロモンは彼女に対する彼の性的な感情を言い表します。

ああ、慰めに満ちた愛よ。あなたはなんと美しく、快いことよ。あなたの背たけはなつめやしの木のよう、あなたの乳房はぶどうのふさのようだ。

私は言った。「なつめやしの木に登り、その枝をつかみたい。あなたの乳房はぶどうのふさのように、あなたの息はりんごのかおりのようであれ。あなたのことばは、良いぶどう酒のようだ。(雅歌7:6-9a)

おそらく、現代では私たちはそのような比喩を使いませんが、その意味は分かりやすいと思います。

そして、彼女は喜んで答えます。

私の愛に対して、なめらかに流れる。眠っている者のくちびるを流れる。(9b)

そして、彼女は夫の愛を浴びて、ため息をつきながらこう言います。

私は、私の愛する方のもの。あの方は私を恋い慕う。(10)

その後、彼女は一緒に外出することを勧めます。彼女の言葉を見ると、その望みがよく分かるでしょう。

私たちは朝早くからぶどう畑に行き、ぶどうの木が芽を出したか、花が咲いたか、ざくろの花が咲いたかどうかを見て、そこで私の愛をあなたにささげましょう。

恋なすびは、かおりを放ち、私たちの門のそばには、新しいのも、古いのも、すべて、最上の物があります。私の愛する方よ。これはあなたのためにたくわえたものです。(12-13)

恋なすびは植木で、催淫剤効果がありました。だから、彼女の意味は、「外出し、新しい場所に行って、一緒に寝ましょう。私は新しいことも準備したので、一緒に楽しみましょう。」ということです。

8章では、彼女は夫に対する愛を言い表し続けます。彼女は夫に対する欲求を示し続け、「兄と接するときのように、人前でも夫と公然と愛情を交わせたらいいのに」と言います。

そして、彼女は愛と結婚に関する母のアドバイスを思い出し、どれほど学んだかを母に示したいと考えています。

そして、2-4節では、もう一度彼女は夫に対する性的な感情を言い表しますが、同時にシングルの人たちに対して自分の純潔を守るように訓戒します。

この箇所から私たちは何を学ぶことができるでしょうか。一つ目は、結婚におけるセックスの重要性です。おそらく、妻たちは夫たちよりもその重要性を覚えておかなければなりません。

なぜなら、男性は身体的に、性的な親しさを望むようにデザインされているからです。

妻たち、もし知らないのであれば、教えて差し上げます。あなたの夫は、しばしばセックスについて考えます。

それぞれの妻は異なりますが、多くの場合、妻たちは夫ほど性的な親しさを望まないかもしれません。それでも、その時間を作ることは大切です。

また、この箇所の女性のように、妻がその時間を勧めることも重要です。さらに、その時間をより楽しめるように何か提案することも大切です。

なぜそれがそんなに大切なのでしょうか。

一つ目は、セックスが夫婦を結び付けるからです。

二つ目は、夫を性的に守るからです。もちろん、妻も性的に守りますが、特に夫を守ります。

パウロはこう書きました。

互いの権利を奪い取ってはいけません。ただし、祈りに専心するために、合意の上でしばらく離れていて、また再びいっしょになるというのならかまいません。あなたがたが自制力を欠くとき、サタンの誘惑にかからないためです。(第一コリント7:5)

また、彼は言います。

妻は自分のからだに関する権利を持ってはおらず、それは夫のものです。同様に夫も自分のからだについての権利を持ってはおらず、それは妻のものです。(第一コリント7:4)

ソロモンの妻はパウロの言葉をこのように言い直します。

私の愛する方は私のもの。私はあの方のもの。(雅歌2:16)

だから、良い結婚をするためには、夫婦は一緒にいる時間を定期的に取らなければなりません。セックスだけのためではなく、デートのためにも時間を取るべきです。

あなたはどうですか。そうした時間を取れていますか。