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マタイの福音書のデボーション

深く根差している信仰?

また岩地に蒔かれたものとは、みことばを聞くと、すぐに喜んで受け入れる人のことです。

しかし自分の中に根がなく、しばらく続くだけで、みことばのために困難や迫害が起こると、すぐにつまずいてしまいます。(マタイの福音書13:20-21)

イエス様は、石灰岩の上に土の薄いところに蒔かれた種について描写されました。その石灰岩のために根が張ることができず、困難や迫害が訪れると、信仰の芽はすぐに焼けて枯れてしまいました。

それを読んだとき、私は考えました。「根の成長を妨げた石灰岩とは何だろうか。」

もしかすると、それは“不信”という石灰岩かもしれません。つまり、神様の愛を疑い、神様が本当に良い方であることを疑う心の状態です。

ある人々は、「神様は良い方だ」「神様はあなたを愛している」と聞くと、すぐに喜びます。

しかし、試練が訪れ、迫害を受けると、心の奥深くに埋もれていた疑いが表面化します。

「神様は本当に良い方なのだろうか。神様は本当に私を愛しているのだろうか。もしそうなら、なぜこんな悪いことが起こるのだろうか。」

その結果、彼らの信仰はすぐに枯れてしまうのです。

あなたはどうでしょうか。試練や迫害が訪れるとき、あなたが最初に考えるのは、「神様が良い方なら、神様が私を本当に愛しているのなら、なぜ私は苦しんでいるのか」ということでしょうか。

それとも、あなたの信仰は、「神様は良い方である」「神様は私を本当に愛しておられる」という確信に深く根差しているでしょうか。

あなたの根は、どれほど深く張っているでしょうか。