わたしが自分の父の家にいるのは当然(直訳:必要)であることを、ご存じなかったのですか。(ルカの福音書2:49)
今朝、イエス様のことばは私の心を打ちました。12才のイエス様がすでにご存じだったのは、「わたしが自分の父の家にいるのは必要なのだ」ということです。
私には、この考えが思い浮かびました。「日曜日に、神の民は『私が自分の父の家にいるのは必要なのだ』と考えるだろうか。」
でも、49節の脚注を見ると、もう一つのことを思い起こしました。それは、ギリシャ語には「家」ということばは書かれていないということです。
文字通りには、イエス様が言われたのは、「わたしが自分の父のことに関わることは必要なのだ」ということです。
その「こと」は少し微妙です。イエス様の親たちはイエス様を探していたのだから、その「こと」が「父の家にいること」を意味するのは理にかなっています。
でも、新改訳の脚注によれば、さらに二つの可能性があります。それは、「父の者の間にいること」と「父のみわざのうちにいること」です。
正直に言うと、私が自己中心になるのは簡単なことです。
でも、私はイエス様のようになりたいです。天の父のみわざに関わりたいです。天の父が大事にされるものを、私も大事にしたいのです。
イエス様、あなたの心が欲しいです。毎日、天の父が大事にされるものを、私も大事にする者となれますように。
