カテゴリー
コロサイ人への手紙のデボーション

どうして祈るべきか?

たゆみなく祈りなさい。感謝をもって祈りつつ、目を覚ましていなさい。(コロサイ人への手紙4:2)

どうして私たちは祈るべきなのでしょうか。パウロのこの指示の中に、私たちはいくつかの理由を見いだします。

「祈りつつ、目を覚ましていなさい。」

この言葉を読んで、私は弟子たちに対するイエス様の言葉を思い起こしました。

誘惑に陥らないように、目を覚まして祈っていなさい。霊は燃えていても肉は弱いのです。(マタイ26:41)

サタンがどのように私たちを攻撃しようとしているか分かるように、私たちは祈ります。

また、私たちは弱い者だから、祈ります。サタンの攻撃や試練に直面するとき、私たちは神様の力が必要なのです。

でも、それだけではなく、神様が私たちの周りで何をなさっているか分かるために、私たちは祈ります。そうすれば、神様から与えられる機会を十分に活かし、私たちは神様の働きに参加できます。(5節)

もうひとつの理由があります。

祈りは、神様が良い方であることを思い出すための時間です。祈るとき、私たちは神様の恵みとあわれみを思い出します。そして、神様の恵みとあわれみを覚えているにつれて、私たちは感謝と喜びをもって歩みます。

だから、毎日、目を覚ましていて、感謝に満ちて祈りましょう。

カテゴリー
ネヘミヤ記

敵に対する警戒心

エルサレムの城壁の修理は完成しました。それでも、ネヘミヤは安心できませんでした。ネヘミヤは信頼できる二人の人物にエルサレムを治めるように命じました。ハナニとハナヌヤは特にエルサレムの防衛の担当でした。ネヘミヤは彼らにこう言いました。

太陽が高く上って暑くなる前に、エルサレムの門をあけてはならない。そして住民が警備に立っている間に、門を閉じ、かんぬきを差しなさい。

エルサレムの住民のうちから、それぞれの見張り所と自分の家の前に見張りを立てなさい。(ネヘミヤ記7:3)

その指示の理由は、皆が寝ている間や、皆が起きたばかりの時に、エルサレムが攻撃されないためです。また、人々が自分の家の近くの地域を守らなければならないのなら、彼らはきっと用心するでしょう。

私たちも用心するべきです。私たちの霊的な城壁を建て直し、信仰に堅く立っているかもしれません。しかし、私たちは警戒心を緩めることはできません。サタンはいつも私たちを倒す機会を待っています。

彼は本当に忍耐強いです。私たちがあまり気を付けないと、彼はすぐに私たちを攻めてきます。

ダビデとバテシェバの話は本当に良い例です。

だから、パウロはこう書きました。

ですから、立っていると思う者は、倒れないように気をつけなさい。(第一コリント10:12)

また、ペテロの言葉をいつも思い出しましょう。

身を慎み、目をさましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたける獅子のように、食い尽くすべきものを捜し求めながら、歩き回っています。(第一ペテロ5:8)