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サムエル記第一のデボーション

むなしい礼拝、真の礼拝

「どうか今、私の罪を見逃してください。そして、私が【主】を礼拝することができるように、一緒に帰ってください。」

サムエルはサウルに言った。「私はあなたと一緒に帰りません。あなたは【主】のことばを退け、【主】があなたをイスラエルの王位から退けられたからです。」(サムエル記第一15:25~26)

「どうか一緒に帰ってください。私はあなたの神、【主】を礼拝します。」

サムエルはサウルについて帰り、サウルは【主】を礼拝した。(サムエル記第一15:30~31)

天のお父さん、サウルはあなたを礼拝しようとする態度を示しましたが、礼拝の本質をまったく理解していませんでした。

真の礼拝とは、あなたが私たちの心を持っておられることです。それは心の一部ではなく、心のすべてをあなたに捧げることです。

ダビデはそのことをよく理解していました。

まことに私が供えても
あなたはいけにえを喜ばれず
全焼のささげ物を望まれません。

神へのいけにえは砕かれた霊。
打たれ砕かれた心。
神よあなたはそれを蔑まれません。(詩篇51:16~17)

しかし、サウルは、その真理を決して理解することがありませんでした。

あなたがサウルの心を持っておられなかったため、彼の礼拝はむなしいものでした。

主よ、あなたは私の心を持っておられるでしょうか。

私の心のすべてを支配してください。

私の礼拝が、サウルの礼拝のようにむなしいものにならないように。