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イザヤ書のデボーション

私の祈り

わたしの民よ、わたしに心を留めよ。 わたしの国民よ、わたしに耳を傾けよ。 おしえはわたしのもとから出て。。。

義を知る者たちよ、わたしに聞け。 心にわたしのおしえを持つ民よ。。。」(イザヤ書51:4、7)

天のお父さん、

私の心を、あなたに導いてください。私の目が覚めるように。祈るとき、私があなたに耳を傾け、あなたの声を聞こうとする態度を持つことができるようにしてください。

あなたから出る教えを、聞きたいのです。私の心に、あなたの教えを宿すことができるようにしてください。

祈るとき、私が口先だけで「あなたのみこころが行われますように」と言うことがないようにしてください。むしろ、聖書の中であなたが何を語られたかを、思い出させてください。

あなたのことばによって、私はあなたのこころを本当に知ることができ、そのこころに従って祈ることができるようになるからです。

イエス様の御名によって祈ります。アーメン。

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マタイの福音書のデボーション

あなたのみこころがなりますように

ですから、あなたがたはこう祈りなさい。 「天にいます私たちの父よ。。。御国が来ますように。 みこころが天で行われるように、 地でも行われますように。」(マタイ6:9ー10)

わが父よ。わたしが飲まなければこの杯が過ぎ去らないのであれば、あなたのみこころがなりますように。(マタイ26:42)

天のお父さん、十字架で死なれる前の夜、「弟子の祈り」で教えられたことばを、イエス様ご自身が祈られました。

人々にそのように祈るべきだと教えるのは、簡単なことです。

日常の祈りとして、そのことばを祈るのは、簡単なことです。

しかし、私が直面したくない問題があるとき、そのことばを祈るのは難しいです。

その祈りが自分の人生に深く関わるとき、私はそのことばを祈ることができるでしょうか。特に、あなたのみこころが、私が試練や苦しみに直面しなければならないというものであるとき、私はそのように祈ることができるでしょうか。

あなたの良いご性質を疑わず、また、苦々しい思いを抱かず、私はなおあなたを「父さん」と呼ぶことができるでしょうか。

イエス様、ペテロや他の弟子たちと同じように、私は弱い者です。

だからこそ、私よりも大きな問題に直面するとき、自分の力では耐えられない試練に直面するとき、あなたが祈られたように、私も「あなたのみこころがなりますように」と祈ることができる恵みと力と信仰を与えてください。