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エペソ人への手紙のデボーション

しかし神は。。。

しかし、あわれみ豊かな神は。。。キリストとともに生かしてくださいました。。。

神はまた、キリスト・イエスにあって、私たちをともによみがえらせ、ともに天上に座らせてくださいました。。。

実に、私たちは神の作品であって、良い行いをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。神は、私たちが良い行いに歩むように、その良い行いをあらかじめ備えてくださいました。(エペソ人への手紙2:4ー6,10)

今朝、神様の恵みに驚嘆していました。

ギリシャ語では、パウロが「私たちは神の作品」と書いたとき、「神の」という言葉を強調しています。

私は、「なぜ『神の』という言葉を強調したのだろうか」と思いました。

でも、4節をもう一度読みました。「しかし、神は。。。」

私の犯した罪によって、私は霊的に死んでいて、神様から遠く離れていました。自分の罪によって、私は御怒りを受けるべき子であり、地獄にふさわしい者でした。

しかし、神は。。。

神様は私を生かしてくださいました。イエス様の血によって、神様は私の罪を赦してくださいました。神様は私をともによみがえらせ、イエス様とともに、天上でご自分のそばに座らせてくださいました。

なぜでしょうか。

私が素晴らしい人だからではありません。私の良い行いのためでもありません。

むしろ、私たちへの神様の愛とあわれみのゆえです。

神様が母の胎の内で私を形づくられたとき、私は神の傑作(英訳)でした。(詩篇139:13〜14)

私の罪によって、その「傑作」は傷つき、壊れてしまいました。でも、恵みによって、神様は私を新しく造り直してくださいました。

私は、神様が二度造られた傑作です。

しかし、神様は人々が私を観賞するためだけに造られたのではありません。私は特別な目的のために造られたのです。それは、神の国のために、人々に触れることです。私は毎日、その良い行いに歩みたいのです。

あなたも神の傑作です。あなたは、神様が二度造られた傑作です。その真理を喜びましょう。そして、毎日、神様が備えてくださった行いに歩みましょう。