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サムエル記第一のデボーション

心をご覧になる神

人が見るようには見ないからだ。人はうわべを見るが、主は心を見る。(サムエル記第一16:7)

第一サムエル記の中で、あるいは聖書全体の中で、これは最も有名な言葉の一つです。

ダビデの家族でさえ、彼を正当に評価しませんでした。サムエルがエッサイの息子たちに会いたいと言った時、エッサイはダビデのことをすっかり忘れていました。

しかし、人間と違って、神様は私たちの外見ではなく、心をご覧になります。

神様はダビデの心の中に何を見ておられたのでしょうか。神様はそれを直接教えてはくださいませんが、ダビデの生涯を見ると、私たちは彼の心を少し垣間見ることができます。

ダビデは神様を愛する心を持っていました。

ダビデは神様に信頼する心を持っていました。

ダビデは神様に対して柔らかい心を持っていました。

ダビデは時々罪を犯しました。実際、彼は非常に深刻な罪を犯してしまいました。けれども、彼は最終的に悔い改め、再び神様に喜ばれたいという態度を持っていました。

主よ、私がダビデのような心を持つことができますように。あなたを愛する心。あなたに信頼する心。あなたに対して柔らかい心。