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使徒の働きのデボーション

走るべき道のりを走り尽くし

ご覧なさい。私は今、御霊に縛られてエルサレムに行きます。そこで私にどんなことが起こるのか、分かりません。

ただ、聖霊がどの町でも私に証しして言われるのは、鎖と苦しみが私を待っているということです。

けれども、私が自分の走るべき道のりを走り尽くし、主イエスから受けた、神の恵みの福音を証しする任務を全うできるなら、自分のいのちは少しも惜しいとは思いません。(使徒の働き22ー24)

パウロの歩んだ道と、その道に対する彼の態度は、イエス様のそれとよく似ています。

イエス様もパウロも、御霊に縛られてエルサレムへ向かいました。どちらも、そこに苦しみが待っていることを知っていました。

それでも、自分のいのちを惜しむことなく、走るべき道のりを走り抜き、与えられた任務を全うしようとされました。

おそらくパウロは、意識的にイエス様の模範に従おうとしていたのでしょう。イエス様は、「ご自分の前に置かれた喜びのために、辱めをものともせずに十字架を忍ばれました」(ヘブル12:2)

では、私たちはどうでしょうか。私たちも、パウロと私たちの主が持っていたその態度を、心に抱いているでしょうか。

主よ。私のためにあなたが受けられた苦しみを思うと、私は涙を禁じ得ません。

あなたは私のために、いのちを惜しむことなく、自らの道のりを走り尽くし、天の父から受けた任務を全うされました。

ですから、私も、すべての重荷と絡みつく罪を捨てることができるように助けてください。私があなたから目を離さず、私の前に置かれた競走を、忍耐をもって走り続けることができますように。(ヘブル12:1ー2)

主よ。私は弱い者です。自分の力では何もできません。しかし、あなたが力ある神であることを信じます。ですから、御霊によって私のうちに住んでください。

そして、私も自らの道のりを走り尽くし、あなたから受けた任務を全うするために、力を与えてください。あなたの尊い御名によって祈ります。アーメン。