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列王記第一のデボーション

聞き従う心

しかし私は小さな子どもで、出入りする術を知りません。善悪を判断してあなたの民をさばくために、聞き分ける心をしもべに与えてください。(列王記第一3:7,9)

新改訳では、「聞き分ける心をしもべに与えてください」と書かれていますが、英訳では「聞き従う心」と訳されています。

ヘブル語で「聞き分ける」と訳された語は、通常「聞く」と訳される語です。

また、この語には時に「従う」というニュアンスも含まれます。

ですから、英訳では「聞き従う」と訳されているのです。(もちろん、この文脈では「聞き分ける」と訳しても問題ありません。)

ソロモンの言葉を読むと、私はイエス様の言葉を思い起こします。

わたしは、自分からは何も行うことができません。ただ聞いたとおりにさばきます。

そして、わたしのさばきは正しいのです。わたしは自分の意志ではなく、わたしを遣わされた方のみこころを求めるからです。(ヨハネ5:30)

この世におられたとき、人間としてのイエス様の知識には限りがありました。その意味では、ソロモンのように、イエス様も幼子のようでした。

だからこそ、イエス様は完全に天の父の知恵に頼られました。イエス様は毎日、天の父に耳を傾け、その御心に従われたのです。

イエス様がそのように生きられたのなら、なおさら私たちも、そのように生きるべきです。

天のお父さん、あなたを喜ばせたいと願っています。私はあなたの御心を求めています。

けれども、私は小さな子のようで、善悪を見分ける力がありません。

ですから、正しい判断と良い決断をするために、あなたの知恵が必要です。

どうか、聞き従う心を私に与えてください。

一日中、あなたの御声に耳を傾ける心を与えてください。そして、あなたの声に喜んで従う心を与えてください。

イエス様の御名によって祈ります。アーメン。