詩篇11篇を読むと、私はネヘミヤの話について考えます。ユダヤ人がエルサレムの城壁の修理を止めるために、その敵がある祭司を買収して、ネヘミヤにこう言いました。
「あなたを殺すために敵が来ているので、主の宮に隠れなくてはなりません。」
けれども、ネヘミヤは答えました。
私のような者が逃げてよいものか。私のような者で、だれが本堂に入って生きながらえようか。私は入って行かない。(ネヘミヤ記6:11)
ネヘミヤのように、ダビデはこう書きました。
主に私は身を避ける。どうして、あなたたちは私のたましいに言うのか。
「鳥のように、おまえたちの山に飛んで行け。それ、見よ。悪者どもが弓を張り、弦に矢をつがえ、暗やみで心の直ぐな人を射ぬこうとしている。拠り所がこわされたら正しい者に何ができようか。」(詩篇11:1-3)
ダビデとネヘミヤの状況は違いましたが、彼らには共通点がありました。彼らは恐れに屈することを拒絶しました。むしろ、彼らは神様に信頼することを選びました。
周りの人々は慌てて、「大変だ。どうしよう!」と言いましたが、ダビデとネヘミヤは堅く立って、動じませんでした。どうして彼らは怖がらなかったのでしょうか。
ダビデはこう書きました。
主は、その聖座が宮にあり、主は、その王座が天にある。その目は見通し、そのまぶたは、人の子らを調べる。
主は正しい者と悪者を調べる。そのみこころは、暴虐を好む者を憎む。(4-5)
つまり、「神様はここにおられます。神様は何が起こっているか知っておられます。神様はすべてをコントロールしておられます。また、神様は私を見守って、私を攻める人を扱ってくださいます。」
そして、ダビデはこう言いました。
主は正しく、正義を愛される。直ぐな人は、御顔を仰ぎ見る。(7)
あなたはどうですか。ダビデのように、あなたは主に信頼していますか。あなたの世界が崩壊していると思う時、パニックに屈するでしょうか。
それとも、主があなたの砦ですか。主の手が見えなくても、その手があなたを覆うことを信じますか。主に100%信頼していますか。
イザヤはこう書きました。
立ち返って静かにすれば、あなたがたは救われ、落ち着いて、信頼すれば、あなたがたは力を得る。(イザヤ書30:15)
イスラエル人と違って、恐れに屈しないでください。むしろ、ダビデとネヘミヤのように、忠実な神様に信頼しましょう。
